年相応
湖畔から歩いて5日目の昼前。
いつものようにゆっくりと歩きながら、俺は色々な話をふたりにしていた。
当然、周囲の警戒を怠るような危険なことはしていないが、気配を感じない相手がいつなんどき飛び出してくるかもわからない。
いつでも本気の一撃を出せるだけの覚悟と緊張感を持って行動しているが、本当に存在するのか脳裏によぎってしまうほど穏やかな林が続いていた。
しかし、あれほどの強者が警告したんだ。
まず間違いなくこの世界に存在すると思って行動した方がいい。
いつ、どこでそれと出くわすかもわからないんだ。
なるべく早めにスキルを鍛えなければならない。
魔物や動物のいない林は、まるで森林浴をしながら歩いているような清々しさが感じられ、天候の良さも相まってとても気持ちのいい日々が続いていた。
「――そして、お姫様は幸せに暮らしましたとさ」
湖畔を出てから色んな話をしてきたが、ここでもふたりの感性に違いが見れた。
お姫様の物語に感動しながら歩くフラヴィと、大あくびをするブランシェ。
ここにも個性が見られて楽しく思う反面、ブランシェはこういった物語にあまり興味を示さない傾向を感じた。
それでも食べ物が出てくる話には眼を輝かせて聞いていたので、興味がないとも言いきれないみたいだが、これほど大口を開けてあくびをされると何とも言いがたい複雑な気持ちになる。
ある意味では魔物として純粋なんだろうが、それはそれで寂しさを感じた。
フラヴィは思っていた以上に食いつきがよく、特にお姫様が幸せに暮らす話には目を輝かせて聞いていたように思える。
女の子としては年相応なんだが、一応この子も魔物だったと俺は記憶している。
これもやはり、俺が余計なことをした影響が大きく関係しているんだろうな。
悪いことじゃないと思うんだが、もうこの子を魔物として見れそうもない。
自由にペンギンの姿へ戻ることもできるのを見せてもらったが、なるべく人の姿のままでいてもらう方が色々といいかもしれないな。
フィヨ種とはいえ快く思わない人もいるかもしれないし、この子の種族だからこそ襲われる可能性も高い。
変身した瞬間を見られると盛大に驚かれるだろうし、それが原因で目を付けられることだって十分に考えられるんだ。
これについては必要以上に警戒した方がいいかもしれない。
……まぁ、鳥かごみたいな無粋なものに入れて震えるフラヴィを売り買いするようなクズどもを、俺が赦すわけもないんだが。
「わんっわんっ」
「ん? そろそろご飯か?」
「わふっ」
「ふらびいも、おなかすいた」
「そうか。
それじゃこの当たりでご飯にしようか」
ここ最近は食事の時間をブランシェに任せている。
この子は俺達の中でもいちばん食べているが、すぐにお腹を空かせる。
ふたりには時々おやつをあげながら町を目指すも、ブランシェの食事時はどうやら正確にやってくるようだ。
ある意味ではアラーム機能みたいで便利ではあるんだが、フラヴィをもう魔物として見ていないように、この子のことを狼の魔物だとも思わなくなっていた。
「わふっわふっ」
瞳を輝かせて両前足を俺の太ももへ置く姿に母親の精悍さは微塵もなく、ただの"はらぺこわんこ"としか俺にはもう思えそうもなかった。
まぁ、可愛いからいいんだけどな。
簡易テーブルの上に食器を出し、作ってある料理を皿に盛ろうとした瞬間、気配を感じ取る。
「わぅ?」
「ぱーぱ、なにかくるよ」
「あぁ、そうみたいだな」
正確には違うが、ほぼ同時に気配を感じ取ったことに嬉しく思いながらも出したテーブルや食器をインベントリに放り込み、ふたりに指示を出した。
「ブランシェ、フラヴィを乗せたまま俺の前に出ずについてくるんだ。
フラヴィはブランシェに乗ったまま、降りちゃダメだぞ。
何か危険なことが起きたら、必ず俺に言うこと」
「わうっ!」
「うんっ」
素直に従ってくれたこの子達に感謝をしながら、俺は悲鳴の聞こえた場所を目指し、走り出した。