幸せになるべきなんだ
星が降らんばかりに夜空へ彩を添えた頃、ブランシェは目覚めた。
その小さな眼で何かを探している様子を見せたが、食事を与えると飛びつくように食べ始め、その姿にまずは安堵した俺がいた。
恐らくだが、ブランディーヌが力でも使って昏睡させていたんだろう。
何ものかと戦っている最中に動き回られちゃ危ないからな。
フラヴィにはもうあげてないが、生まれた頃に食べさせてたミルク粥の残りが役に立つとは、正直なところ全く考えもしなかったことだ。
まぁ、この子を託されることすら、想像なんてできなかったことだけどな。
あの後、俺はブランディーヌの墓を簡易的ではあるが作った。
寂しそうな表情をしていたが、フラヴィも石を探すのを手伝ってくれた。
まるで空に還るように溶け込んだ彼女はもうあの場所にはいないんだろうけど、何もせずにそのまま離れることが俺にはできなかった。
無骨な石を積み上げただけの墓を見て、ブランディーヌは鼻で笑うかもしれないが、それでも俺にはそうしなければいけないと思えたんだ。
本当に凄いんだな、母親ってのは。
我が子のことを自分の命よりも遙かに重く、大切に思えるものなんだな。
……俺の母さんも、そんな人だったんだろうか。
ブランシェは相当腹が減ってたのか、ミルク粥を平らげて俺を見上げていた。
おかわりをあげると、またがつがつと凄い勢いで食べ始めた。
もしかしたら、かなり遠くの方から来たのかもしれない。
そんなことを考えながら星を見上げ、ブランディーヌのことを考える。
あいつはこれで良かったと思ってるだろうが、俺には納得ができない。
母親がいない俺にとって、それが正しい道だと思わない一方で、俺の両親と同じくどうしようもなかったのだと思わざるをえなかった。
「……どこの世界も、一緒なのかもしれないな」
でも。
それでもこれが正しいことだとは到底思えない。
弱肉強食の世界では当たり前のことなんだろうけど、それでも俺にはこれが間違っているとしか思えなかった。
だからこそ、この子は幸せになるべきなんだ。
母親を失ってしまったからこそ、幸せになるべきなんだ。
……俺に、育てることができるんだろうか。
いや、違うな。
育てて見せるさ。
ブランディーヌに失望されない程度には。
「……本当にすごいな、ブランシェの母さんは。
ぼろぼろになりながらも子供を護りきったんだから。
ブランシェはそんな母さんのように強くなろうな。
誰にも負けないくらい強く、気高く、誇り高く。
ブランシェが立派になるまでは、俺が面倒をみるよ。
大人になって生きる術を身に付けたら自由にしていい。
ひとりで世界を歩くのも、俺達と行動を共にするのも自由だ。
安心して送り出せるくらい強くなったら、自分の好きにしていいんだ。
それまではゆっくりでいいから、無理しない程度に頑張ろうな。
俺とフラヴィと一緒に、頑張っていこうな」
優しく撫でていると、お粥をがっついてた口が止まっているのに気がついた。
その小さなふたつの瞳は真っ直ぐにこちらを見つめているようだ。
余計なことを言っただろうか。
そう思っていると、空に向けて遠吠えをあげた。
幼い狼の子が発したその声は、立派なものとは程遠い、とても拙いものだった。
だがそれは、仲間達に合図を送るようなものでも、縄張りを主張するようなものでもないことだけは、種族が違う俺にもはっきりと理解できた。
……あぁ。
この子は、泣いているんだ。
大切な母親を想いながら、泣いているんだ。
こんなにも小さな体なのに、誇り高く逝った母を想いながら。
生まれたばかりでも、この子はそれをしっかりと理解しているんだな。
いくら力で眠らされていたとしても、それをしっかりと理解していたんだな。
大丈夫だ。
ブランディーヌに俺は誓ったからな。
自立するまでしっかり面倒を見るって。
だから見捨てたりはしない。
俺にできる範囲で教育しながら、生きる術を教えるよ。
俺が知る限りの情報くらいしかブランシェに与えてあげられないけど。
それでも、今よりはずっと強くなれると思うから。




