訪れるように
……。
いよいよか。
随分と、眠くなるものなのだな。
「……そろそろ、休むとしよう。
……流石に我も、疲れた……」
「……何かこの子に伝えたいこととか、こう育って欲しいと思うことはあるか?」
「……ないな」
「淡白だな」
「健やかに育ってくれさえすれば、それでいい……」
「……そうか」
せめてもの救いは、ヒトの子に託せた事か。
何れは一族としての血に目覚め、その道に進む事になるだろう。
だがこの子には、"もう一つの道"も選べるかもしれない。
我が祖先のように、ヒトと共存をする道を。
我には叶える事が出来なかった。
だからこそ、この子には自由な意思で選んで欲しい。
この者達の傍らにいれば、それも叶うだろう。
ふと、愛おしい香りに包まれる。
瞳を開けると、傍らには最愛の娘がいた。
「……む?」
「せめて、少しでもこの子のそばに、いてあげて欲しいと思ったんだ」
「……そうか」
「……余計なお世話、だろうか?」
「いいや、感謝する、ヒトの子よ」
愛おしい我が子。
母の温もりを知らずに育つ事になる、最愛の娘……。
……あぁ……ブランシェ……。
傍に居られない愚かな母を……どうか赦して欲しい……。
身勝手な願いではあるが、それでもどうか幸せになって欲しい……。
そして健やかに、何よりも気高く生きて欲しい……。
願わくば、この子にとって幸せに思える未来が……訪れるように……。
「……ありがとう、ヒトの子よ……。
……心からの……感謝を……」
「気にしなくていい。
俺にできることをしているだけだ」
「……そう、か……」
幼い少年の嬉しい言葉に、我の心が穏やかになっていく。
それはとても不思議なほどに、まるで心に染み入る様だと思えた。
フェンリスの血が目覚める頃には、きっと立派な白銀の大狼となるだろう。
それを眼に映す事が出来ないのは無念ではあるが、それでもブランシェさえ元気で居てくれるのなら、我はそれ以上を望まない。
「安心していい。
この子が自立するまで、俺がしっかり面倒を見ると約束する」
「……そう……か……。
……あり……がとう……」
……ありがとう、ヒトの子よ……。
……心から……心から感謝する……。
……これで、思い残す事無く、逝ける……。
…………いや……もう一つだけ、あったな。
≪…………≫
……思念も送れぬほど……衰弱しているのか……。
……だが、せめて……これだけは伝えねば、ならない……。
…………もう少しだけ…………力を…………。
「………………テネブルに…………気を……つけ……よ…………」
「……どういう意味だ?」
…………限界、か……。
……済まない……ヒトの子よ……。
……だが……どうか……気を付けて……欲しい……。
…………アレは…………きけん………………だ………………。