誇り高き
厄介な相手に警戒を緩めず、我は負傷した箇所へ意識を向ける。
どうやら重症の体に"ニヴルヘイム"は負荷が掛かり過ぎたようだ。
まるで押し潰さんばかりの衝撃が傷に響く。
だが、幸いにも敵は倒した、のだろう……。
これ以上起き上がるのなら、我にはもう為す術がない。
この子だけは護り通せるといいが、我を取り込もうとする存在だ。
正直、望み薄と言わざるを得ないだろうな。
その時はもう、諦めるしかない。
……脚が思うように動かぬ……。
……どうやら終わりに向かっているようだ。
……忌々しい。
なぜあのような存在が現れたのか……。
少なくとも千年生きた我も聞いたことがない。
まさかあのようなモノに我が……破れるとはな……。
…………。
……喉が渇いた……。
確かこの先に湖があったか。
あれは美しい湖だったな。
体が軋む度に苛立ちが募る。
全く以って忌々しい……。
あのようなモノに、この我がッ――!
……。
…………。
……駄目か。
脚も、まともに動かぬか……。
なんと情けない事か……。
それなりに大きな木がある。
少しだけ……休もう……。
……どうやら我が子に傷はないようだ。
幸い……いや……我がいないのではこの子も駄目だろう。
どうか不甲斐ない母を赦して欲しい……。
…………この気配……。
……怯えた魔物か。
……いや、ヒトもいるな……。
相手をするのも面倒だ。
――この場から去れ!!
……なんてことだ。
ヒト風情ですら威圧で下がらせられぬとは……。
我も、落ちたものだ……。
「……言葉はわかるか?
なぜあんたがこんな場所に来たのか、教えてもらえないか?」
……何だ、貴様……。
まさか、この我に言葉を投げかけたのか?
――恐れを知らぬヒト風情がッ!!
「……人間を信じていないのはわかるつもりだ。
だが、現状のままでいいわけがないことも理解しているだろ?」
……現状を理解だと?
ヒトに傾ける耳を我は持たぬ!
手負いとはいえ我にも誇りがある!
貴様のような者に我を狩れると思うな!!
……なんだ、魔物の小娘……。
……何を…………なんだと……。
≪……それは、我に対して発言したのか、小娘……。
軽く睨むだけで震えるような弱者が、我に口を出したのか?≫
小さな体と心で懸命に何かを訴えているようだが、それは我にとって苛立ちを募らせるだけだった。
≪何が"大丈夫"か! 何が"優しい"か!!
ヒト如きに媚び諂う最弱種の言など届かぬ!
我は誇り高きフェンリスヴォルフ! ヒトの手など命尽きても借りぬ!
この場を去れッ!! ヒトの下僕に落ちたるフィヨ種の娘よ!!
このまま果てようとも貴様程度を噛み殺すのは造作もないぞッ!!≫
「……フラヴィの言葉も聞く耳もたずか。
現状を知ってもなお威嚇してくるんだな。
さすがにイラつくな、その態度がこうも続くと……。
……うちの子を、そのデカい図体で威嚇して怖がらせるなよ――」
――なんだこの濃密な気配は!?
あり……えない……。
脆弱なヒト如きが出せるものを遙かに凌駕している……。
「――いい加減に現状を悟れ。
お前には取れる選択が少ないのも理解しているはずだ。
正直なところ、俺にとってはどうでもいいことなんだよ。
俺達の近くにお前が来たから様子を見に寄っただけだしな。
どうするかはお前が選べばいいし、俺達に被害が出ないならどうでもいい。
……だが頭のいいお前なら、何が正しい道なのかはわかってるはずだ。
それを選ぶか選ばないかもお前の自由だし、それでも言葉を返す気がないんなら俺達は日常に戻るだけだ。あとは勝手にすればいい」
……ぐ……ぬ……。
ヒトが……好きに言ってくれる……。
「……いい加減にしろよ。
その姿勢を崩さないなら、俺達はもう戻るぞ?」




