そんなことをさせるために
ブランディーヌは愛娘に優しく頬をすり寄せる。
それはまるで涙を流しているようにも見えた。
最愛の娘を残して逝く母親が、最愛の娘の未来を案じないわけがない。
ただただ無念としか言いようがないんじゃないだろうか。
そんな彼女に俺ができることは、ひとつだけだ。
「安心していい。
この子が自立するまで、俺がしっかり面倒を見ると約束する」
「……そう……か……。
……あり……がとう……」
俺の言葉に安心したのか、とても穏やかな声で彼女は答えた。
小さい子を育てるのも二人目だからな。
フラヴィとも年がすごく近いし、いい友達になれるかもしれない。
一緒に訓練すればきっといい影響をお互いに与えるだろうし、励みにもなる。
だから心配しなくていい。
この子が大きくなるまで、いや、安心して生きていけるくらいまで俺が面倒を見るよ。
「………………テネブルに…………気を……つけ……よ…………」
「……どういう意味だ?」
その問いが返されることはなかった。
しばらくすると、光の粒子が体から抜けていくように現れ、その姿をゆっくりと変えていった。
あとに残ったのは恐ろしいほどの静寂と、落ち着きを取り戻した木々の気配。
そして眠りに就いた母の傍に寝かせた小さな子だけだった。
フラヴィよりも小さな子を右手に抱きながら、彼女の言葉の意味を考える。
恐らくは敵対していた存在のことなのは間違いない。
……テネブル……。
フランス語だとして直訳すれば"歪な闇"って意味になるだろうか。
俺が所持している"言語理解"スキルは、この世界の住人が使う言語を俺の知る言葉へ自動翻訳されているものだと考えている。
まさか、そのままの意味……なのか?
だとすると、そんなわけのわからない存在がこの世界にいるってことになる。
それも強者であるブランディーヌですら対処できなかった"敵"が。
そしてもうひとつ、これは違った意味を持つ。
……俺はこの子を、母親の仇討ちをさせるために強くするつもりはないぞ。
そんなことをさせるために強くするんじゃない。
しっかりをそれを教えなければならないな。
いや、この話は俺の中だけに留めておくべきか。
この子が大人になって真実を聞きたいと望み、対処できるだろう強さに成長するまでは黙っておくべきだな。
「……まったく。
どうしてこうもトラブルが続くんだよ……」
この時の俺は気がついてなかった。
いや、考えないようにしていたんだ。
右手に抱くこの子が"女の子"であることを。
そして、的中率98%の恐ろしさは、まだ始まったばかりだということも。




