招かれざるもの
問題のそれへと向けて、慎重に足を進める。
これだけ強大な力を持つ存在だ。
こちらが視認するよりも早く気づかれることも考えられる。
だとすれば、気配を極端に抑えながら気づかれないように進む。
「……木々がこんなにざわめく様子なんて、後にも先にもこれだけだろうな」
周囲に流れる気配が物語る。
張り詰めた、息が詰まるようなもの。
怯えている。
林に招かれざるものがきた。
それも、周囲に影響が出るような力を持つやつが。
そういった気配を周囲からビリビリと感じる。
これは明らかに異常な事態だ。
こんな強者がこの世界にいるのか……。
いや、ドラゴンだっているって話だ。
それに匹敵する力を持つのか、それともこれすらも凌駕するのか。
やはりドラゴンのような危険な存在と関わりを持つべきじゃないな。
しばらく警戒しながら林を歩いていると、その気配は動きを止めた。
休んでいるのか?
……それとも食事か?
どちらにしても、確認をしなければならない。
最悪、戦闘になる可能性も高いだろう。
左腕のフラヴィが縮まるように体を強張らせた。
「大丈夫か、フラヴィ。
戦闘になったら俺が全力で護る。
もう少しだけ、頑張ろうな」
「…………きゅぅ……」
聞こえないほど小さな声をあげるフラヴィに申し訳なく思うが、これを放置すれば町にも被害が出るかもしれない。
こんな存在を並の冒険者が抑えられるとはとても思えない。
なぜこんな場所にと思わずにはいられないが、まずはどんなやつかを確認するべきだろうな。
気配を極端に抑えながら歩いていると、問題のそれと遭遇した。
あれは……大狼か……。
3メートル級の白銀大狼……。
大きめの木にもたれかかって横になっている。
だが、寝てるわけじゃないみたいだな。
周囲に警戒心を張り巡らせている。
……まさか、まだいるのか?
そうせざるをえない存在が……。
あれほどの強者を警戒させるほどの危険な相手が、まだ……。
……気づかれたか。
これだけの強者をごまかせなかったか。
風向きを考えれば匂いじゃないな。
フラヴィの恐怖心がやつの警戒に引っかかったのか?
威嚇しながら強烈な威圧をこちらに放つ大狼。
びくんとしたフラヴィは、俺の胸に抱きついて強く震えた。
さすがにこれほどの威圧となれば、この子は耐え切れずに震えるのも当然か。
だが、今の威圧で様々なことが理解できた。
まだどうなるか確証はないが、確認にきたのは正解だったな。
あれは敵対心から来るものじゃない。
あの存在は、"こちらに来るな"と警告をした。
それはつまり、いらぬ火の粉を払おうとしている。
これ以上余計な厄介事を避けようとした行動だ。
そこから察するに、敵対者はすでに対処済みで休息を取っているということだ。
向こうは敵意を向けているが、それも警告だけ。
普通ならここで踵を返して拠点に戻るのが正解なんだが、そうはいかない事情がある。
「……まったく。
厄介事に巻き込まれやすい体質なのか、俺は……。
この世界に来てからトラブル続きじゃないか……」
そういう星の下に生まれついたのか、なんて考えが頭をよぎり、俺は自分自身にイラついた。
冗談じゃない。
俺はただ、静かに世界を歩きたいだけなんだよ。