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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第五章 誰がために
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春のような

 辺りはすでに日が暮れかけ、茜色の優しい射光が林に降り注いでいた。


 本当に綺麗な世界だと思えた。

 綺麗で、優しくて、何よりも救いようのない馬鹿どもがいるこの世界で、彼女のような美しい魂を持ったひと達も確かに存在する。


 何が正しくて、何が間違っているのか。

 それを俺個人の考えとして、誰かに押し付けるようなことはしたくない。

 だが、それでも現実に存在する馬鹿と出遭って、正気を保てる自信もない。

 怒りに身を任せ、暴力でそれらを排除しようとするかもしれない。


「……でも、あんたはそれを、望まないんだよな……」


 彼女達の種族は、みんな彼女のような考えを持つのだろうか。

 だとすれば、人なんかよりもずっと優しい心を持つということになる。


 善と悪なんて言葉にすることでもないし、正義と同じでそれを口にしながら行動してはいけないと思うが、それでも俺は彼女達を迫害している存在を敵としか認識できそうにない。

 そう考えることだけでも彼女は悲しむんだろうけど、それでも赦せそうにない。

 そんな連中と出遭った時、俺はどうなってしまうんだろうか。


 願わくば、フラヴィとこの小さくなってしまった女性に顔向けができないようなことだけはしないように心がけたいと思う。


「時間はかかると思うが、きっと戻してやるからな。

 それまではゆっくりと休んでいればいいさ」


 物言わぬ、けれど美しい紫と白の花を咲かせた彼女をインベントリに入れる。


 可能性を探す目的も新たにできた。

 でも、まずは彼女が創りあげた想いの結晶を男性に渡そう。


 それでようやくスタートラインに立てる。

 俺にはそんな気がしたんだ。


 これは彼女を助けるための旅にもなりそうだな。




 "明けない夜はない"

 そう誰かが残した言葉がある。


 それが誰かも、どこに書かれたものなのかも俺には覚えがない。

 ただ漠然と有名と思える一節を知っているだけなのかもしれない。


 でもひとつだけ、確かにわかることがある。

 その言葉には"希望"が込められている、ということだ。


 本当の意味はわからない。

 否定的な皮肉として使われていた可能性だってある。

 それでも俺は、それが希望の言葉と信じ、歩いていきたいと思えたんだ。


 そして彼女を目覚めさせることができるのかもわからない。

 もしかしたら、これまでのことがすべて水泡に帰すかもしれない。

 ただの植物として、これから先も存在し続けることになる可能性だってある。

 それでも俺は、元に戻してあげたいと心から思えるんだ。


 自分よりも遙かに他者を重視してしまう、美しい心を持つこの女性を。



 随分ときついことを言ったが、彼女は本物の気持ちを持っていた。

 それはきっと、"博愛"と呼ばれるものなんだと思う。


 だが時にその思想は、大きな悲しみを生み出すこともあるだろう。

 考え方によっては自己犠牲に繋がりかねないのだから。


 そしてあいつはそれを望み、俺はそれを否定した。

 それが幸せになれる道だとはとても思えなかったからだ。


 その選択が正しいものなのかはわからない。

 ただの綺麗事で終わるかもしれない。

 子供じみた考えだと笑われることだってあるだろう。


 それでも。

 俺は家族に顔向けができないようなことをするつもりはないんだ。

 だからきっと、この女性を救うことは正しい道なんだと俺には思えるんだ。

 まだ可能性にしかすぎないけど、それでも俺はそれが正しい道だと思えたんだ。



 長く続いた冬もいつかは必ず終わりを告げて、暖かな春がやってくる。

 頬をふわりと優しく触れるどこか懐かしいと思える風と、芳しい花の香りに心まで温かく感じられるような春が。


 こんな日は、日向で静かにすごしたい。

 そう思えてしまうほど、安らぎに満ちた時間を感じられる春が。


 春になれば、小さくなってしまった女性が目覚めるものでもない。

 これから俺は、彼女の覚醒に必要となる媒体を探さなければならない。

 現実に存在するのかもわからない、とても強力な媒体を。


 ……でも。


 そんな暖かで優しい季節に目覚めさせてあげたいと思える。

 そんな気持ちにさせる、春のような優しく温かな女性だった。

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