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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第一章 はじまりは突然に
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感謝しないとな

「…………はぁっ! はぁっ! ……じょ、冗談じゃ、ないぜ……」

「……と、トーヤさん……あなた、いったい何者なのですか……」

「……し、信じられない強さじゃないですか……」

「……只者じゃないと感じていたが、まさかこれほどとは思ってなかったな」

「そんなレベルじゃねぇよ! どんだけ力量差があると思ってんだディート!

 こいつ全然息切らせてねぇじゃねぇか! ありえねぇくらい強えぞ!?」


 ハインツの元気な声が周囲に響き渡る。


 あれから1時間ほど訓練に勤しんだ頃だろうか。

 すでに空は茜色に染まっていてとても綺麗だ。

 いい天気だな、とか見上げていたら、それを咎められた。


「くっそ! よそ見してんじゃねぇ!」


 もう何度目かも分からない攻撃をハインツは繰り出してくる。

 斬撃を鞘でいなし、重心がかかる彼の右爪先に足の側面で軽く小突いた。

 受身も取れないほど疲労感が溜まっていたようで、見事にごろごろと転がる。


「――んでだよッ!?」


 仰向けで大きく呼吸しながらも強く言葉にするハインツ。

 他の3人は唖然とした様子でその光景を見守っていた。


「何で攻撃が当たらないのか、ですか?

 それとも俺が息を切らせていないことですか?」

「どっちもだよッ!」


 段々涙目になってきた彼に罪悪感を覚える。


 とはいえ、これは実戦を想定した訓練。

 手を抜くことは、かえって彼らに失礼だ。


 随分静かになったなと思っていると、他の3人は座り込んで休憩し始めた。

 丁度いい頃合だし、ここまで訓練に付き合ってくれた彼らに説明するか。


「言葉にすれば、とても単純な話になるんですよ。

 俺は最小限の動きで体力を温存しながら戦っています。

 それに最初にいた場所からそれほど移動もしていません。

 攻撃もこちらからではなく、ほぼすべてを反撃で済ませています」


 受身の姿勢となるこの戦い方は、消極的だと否定する者もいるかもしれない。

 だが、これはある条件下において、非常に大きなメリットをもたらす。


 最小限の行動で最大限の効果を発揮する。

 これだけでもかなり有益ではあるが、それだけではない。

 これは長時間の戦闘を継続させるために必須な体捌きになる。

 この技術で戦えば、安全かつ確実に自分の有利な状況へ流れを向けられる。

 それはたとえ20人どころか、100人と対しても戦い続けられる技術となる。


 当然、技術の差でそうはならない可能性も十分にある。

 これを手にするには、相当の時間と労力もかかるだろう。

 しかしそれも体得さえすれば、とても安定した戦い方ができるようになる。


 敵に絶対的強者を感じさせるだけの力量差を見せ付けられることも大きい。

 これは敵対した人間に対し、精神的な圧力をかけられるだろう。

 相手が格上の存在でも、優位に戦えるだけで状況が一変する。

 勝てなければ確実な死が待っている可能性が少しでもある以上、いかなる手段を用いてでも勝利を手にすることが何よりも必要なんだ。


 だが致命的とも言える弱点もある。

 相当数の遠距離攻撃には非常に相性が悪い。

 これは近接攻撃で襲いかかる多くの敵と戦うための技術。


 しかしそれも、状況に応じて戦い方を変えていけばいいだけだ。

 魔術師の、それも魔法師団のような多人数を相手にするわけじゃない。

 今回のように盗賊だけじゃなく相手が冒険者崩れだったとしても、物理的に攻撃を仕掛けてくるような連中には相性がいいはずだと俺には思える。


「俺が表情を変えず、涼しい顔で戦っていたのもそのひとつです。

 経験者を4人も一度に相手取って1時間も戦うのは、当然骨が折れます。

 ……でも、そう感じなかったんじゃないですか?」


 俺の話に、誰もが言葉を失っていた。


 そう、これはブラフだ。

 いくら最小限の動きとはいえ、1時間も戦い続けて疲れないわけがない。

 それも彼らは常日頃から命のやり取りをし続けている冒険者。


 そんな先輩方を前に、この力が通用するのか。

 そこが一番知りたかったと、俺は話した。


 そして肉体的な疲労を抑えることで、発汗をも極力制限していた。

 顔色を含めて疲労感が額や身体に出ては意味がないからだ。

 様々な点でこの戦い方はブラフをかけるには有効で、自身を不利的状況に陥らせないために必要な技術となる。



 この世界は綺麗事だけでは済まされない。

 これから捕縛しようとしている連中を考えれば、負けることは許されないんだ。

 そしてそれは、残念ながら氷山の一角にすぎないことも俺は理解した。


 そういった危険な場所なんだ。

 俺が降り立ったこの世界は。


 善意で更正させようとしたところを、隠し持ったダガーで突き刺してくる。

 いや、なんのためらいもなく大斧を振り下すだろう。

 見下し、下卑(げび)た笑みを薄気味悪く浮かべながら。


 しかし逆に言えば、これはいい機会だと思えた。

 今回の件で俺は甘えを……いや、違うな。


 これは俺の、"情け"を捨てるのに必要な戦いになる。


 それをしっかりと学ぶことができるか。

 それともその場で朽ち果てるのか。


 盗賊を捕まえるってことは、きっとそういうことなんだろう。


 俺の話を聞いていたディートリヒは、深いため息をつきながら言葉にする。

 どうやら彼だけでなく、ここにいる全員がもう戦う気力がなくなったみたいだ。

 もう少し練習したかったが、あとは実戦で経験を積むしかないか。


 それでも、俺のわがままに付き合ってくれた彼らに感謝しないとな。

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