そう割り切るには
それと遭遇したのは、翌日の昼頃だった。
その日もうららかと言えるような暖かさを含んだ穏やかな風の日で、フラヴィの成長に気をよくした俺は、たくさんの話をしながらゆっくりとあの拠点へ向かってふたりで歩いていた。
「……今度は鹿か。
見た目は俺のよく知る鹿と変わらないみたいだが、角が切られてないくらいか。
あの程度なら問題ないが、それよりもいい肉が手に入りそうな予感がするな」
鹿肉は高タンパクで低脂肪、その赤い見た目や強い血の匂いからさけられがちだが、実際には血抜きをしっかりとすれば非常に美味しくいただける上質な肉だ。
大昔は猪と同様に日本でも食されていたと聞いたことがあるが、いつの頃からか猟師以外は食べることがなくなったようにも思える残念な食材でもある。
当然世界では食べる文化も多く、ヨーロッパだけでなくアメリカやニュージーランドあたりでも食されていると聞いた。
「たしか鹿肉は、"もみじ"って言うんだったか?
語源は知らないけど、かなり美味しい肉なんだよ」
「きゅう?」
首をかしげるフラヴィが、最近では可愛くてしかたがない。
不思議と先日のゴブリン戦から感情表現が豊かになったような気がする。
……まぁ、そう思えるのは気のせいかもしれないんだが。
「おいで、フラヴィ」
「きゅっ!」
飛び上がり、俺の胸にぽふりと抱きつく姿に昔の子供向けアニメをどこか連想するが、まずは眼前に迫る鹿だな。
こちらの姿を視認すると逃げ出すどころか襲い掛かってきたことに、これは魔物かもしれないなと考えながら苦笑いが自然と出た。
「……まぁ、だからといって脅威にはならなさそうだな」
頭を地におろし、すくい上げるように振るう角をよけ、軽く刃を通して倒す。
なんともあっけなく仕留めたが、どうやら上質な肉をドロップしてくれた。
インベントリにしまいながら、この肉で何を作ろうかと考える。
定番のシチューもいいが、どうせなら何か手の込んだものでも作るか?
そんなことを考えていると、ふとフラヴィに視線が移る。
「きゅう?」
首をかしげながら、どうしたのと訊ねているんだろう。
せっかく作った鹿肉料理も、歯がないんじゃこの子は噛めない。
以前にも思ったことだが、これはかなり残念でならなかった。
一応、肉を小さくすれば食べられるし、味もしっかりと理解できる。
でもそれは、料理と呼ぶにはいささか味気ないものばかりしかフラヴィにあげられないような気がしてならない。
ペンギンである以上はそれもしかたのないこと。
そう割り切るにはあまりにも可哀想なんじゃないだろうか。
「……なんとかフラヴィでも美味しく食べられる方法はないものか」
「きゅぅぅ」
気持ちが伝わったのだろうか。
それともただの甘えからくるのか。
フラヴィは俺の胸に擦り寄りながら目を細めた。
「果物はたくさん手に入ったし、その中でもフラヴィのお気に入りが見つかるかもしれないな」
「きゅうっきゅうっ」
どうやら果物という言葉に反応したようだ。
よほど以前食べたユクルの実が美味しかったんだろう。
まだ残っているが、どうせなら色んなものを食べさせてあげたいな。
そんなことを考えながら歩いている時だった。
「…………何かいるな」
北北西の方角に約150メートルってところか。
敵意は感じないし、ここからは木で見えない。
だがこれは、何とも言いようのない、とても奇妙な反応だった。
「魔物、か?
拠点で襲撃されるのも厄介だし、様子を見に行くか?
……いや、こいつは……もうひとつ気配を感じる……」
これまで感じたことがない反応に戸惑うが、それが弱々しいものだということはそう時間をかけずに理解できた。
「フラヴィもいるし、必要以上の危険はさけたいところだ。
……だが、助けを必要としている可能性も捨てきれない。
今から行っても魔物なら助けられないだろうけど、拠点に向かう可能性がある以上、先に確かめるべきか?」
寝込みを襲われても良くないからな。
できる限りの危険は取り除くべきかもしれない。
そう時間はかけなかったが、悩みに悩んで気配の方へと向かうことにした。
この行動が俺達にとって良かったのか、それとも悪かったのか。
湖に戻った時点でそれを判断できなかったことだけは確かだ。
ただひとつ言えることがあるとすれば、これが俺達にとって"最初の冒険"だったのかもしれない。