巫女と神樹
昔書いた暇つぶしのお話です。
最近何も投稿してなかったな、と思って出してみました。
暇潰しになれば幸いです。
きょ、巨人!?
何故か気が付くと目の前に巨人がいた。見た目は幼い2、3歳の女の子なのだ。だけどでかい。滅茶苦茶でかい。俺の一〇倍近くあるよ。
しかもスカートだから中身が見えて少し気まずい。見た目幼女なんだけど自分より大きいからな。てか幼女のスカートの中を覗いていることに犯罪を侵しているような罪悪感を覚えてしまう。いや、これ犯罪か。たとえ不可抗力とはいえいい年したおっさんが幼女のスカートの中を覗いているんだからな。
もちろん見ないようにしようとしている。
でもさ、瞬きできないんだよ。目を瞑れないの。それに加えてなぜか三六〇度全方位上下左右全てを視れるんだよ。
マジで。
俺、どうなったん?
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俺が意思を得てから早一〇年。
その間にいろいろわかったことがある。
まず1つは俺が樹だという事。
一〇年もかけて育った俺は背が高い樹だったらしく六mを軽く超えていた。
あの巨人かと思った幼女も普通の幼女で今もちゃんと成長している。
あの時幼女のことが大きく見えたのは単に俺が小さな苗樹だっただけで、成長した今の俺の背は逆に幼女、今では少女に余裕どころか圧勝している。
そしてもう一つ。
それは事少女たちが話す言語についてだ。
初めは全く意味が分からなったが、少女が俺の傍で沢山お話してくれたおかげで独学だが内容を推測できるようになっていた。まぁ推測しているだけで本当にそう言っているのかは怪しいが。
少女のお話を聞いて分かったことと言えば今俺が生えている土地の情報だ。
まずこの少女が住んでいるのはライアル村と呼ばれる辺境の土地で俺は村から数十mほど離れた場所に立っている。
成長したおかげで視界も伸び、俺の周りに生える樹々の枝葉に隠れるように村の建物が見える。
あれが少女の村だな。
それとこの少女の名前はミーナというようだ。
今年で一三歳になり母と父、それと祖母の四人で暮らしている。
俺は何故樹でありながら意思があるのかだとかという事は全くわからない。
まぁそう簡単には分からないだろうとは思っていたが。
他の樹も俺と同じように意思を持っているのかと思ったこともあったが、ミーナの話によるとそれは無さそうだ。
つまり知られていないだけで樹、植物も意識を持っているのか、それとも俺だけが特別に意思を持っているのかの二択になるだろう。
それと最後、どうやら俺自分の意思で枝を少しだけ揺らすことが出来るみたいだ。
今もそよ風に揺られているように見せながらゆらゆらしている。
本当に少ししか揺すれないんだけどね。
ミーナの話にも相槌を打つように揺らしてみたりしているがそれにミーナが気付いているかは知らないけど。
いやぁ、小さなころから一〇年近く見守り続けてきたせいか今ではミーナの事を実の娘の様に思うよ。
時は過ぎ、俺は徐々に成長していきながらミーナはあっという間に大きくなっていく。
幼さかった顔から段々とあどけなさが消えていき、体つきも丸みを帯び少女から女へと変わって行く。
春が過ぎ、夏も過ぎ、秋が過ぎて冬が過ぎ、また春が来て、あっという間に夏になる。
この土地は春夏秋冬があるので景観が季節によって大きく変わる。
俺が樹だからか時があっという間に過ぎていき、ミーナも一八歳になった。
この世界では成人は一六歳からでミーナはもう十分な大人だ。
感慨深いものだなぁ。
昔のミーナはそこらの根っこに足を取られ転んでワーワーと泣いていたというのに、すっかり大人になって……。
ミーナは村の青年に恋をしているようだ。
なかなか優しそうな青年だ。
青年の名はライアンという。
次の年にはミーナとライアンが付き合いだし、更に翌年無事結婚した。
村で結婚式を行っているときは俺も盛大に枝を揺らし二人を祝った。
ミーナもライアンも幸せそうで、次の年には子供が生まれた。
ミーナとライアンによく似た可愛らしい女の子で、俺にとっては孫のような存在。
ラーナと名付けられた子供を抱えて三人でよく俺の元へと遊びに来ている。
俺が周囲の栄養の殆どを吸収し成長しているため俺の周囲は少し開けた空き地の様になっている。
芝生が生えているためちょっとした遊び場として村の子供に人気だ。
生まれて九ヶ月が経ち、ハイハイができるようになったラーナは俺の樹の根の周りを這いずり回っている。
何と可愛いことか。癒されるわぁ……。
飴ちゃんあげたくなる。飴ちゃんないけど。
俺に樹の実が生っていればいくらでも落としてあげるのに。
この時ほど俺に樹の実が生らないことを恨んだことはないぞ。
ラーナが三歳になった。
トテトテと拙く歩くラーナが可愛すぎて辛い。
ラーナは問題なく成長していき、昔の俺が意思を得たときのミーナにそっくりになっていた。
ラーナは問題なく成長している。
しかし問題があるのはライアンだ。
何が原因か村の中までは見通せない為わからないが、恐らく育児が原因か。
よくあることだ。
育児とは思っているより大変なのだ。
毎晩真夜中に赤ん坊が泣き、昼間でも赤ん坊は泣き続け、腹を満たしても泣きわめく。
ストレスは徐々に溜まっていき、鬱を発症し元の人格とはかけなはれた別人になることもよくあることだ。
ライアンも育児のストレスにやられたのだろう。
年を経てラーナが成長するのに比例してライアンの心の中の淀みは溜まっていく。
ラーナが一〇歳になった。
扱いの難しい年ごろの娘で丁度反抗期に当たる時期だ。
親に対する反抗。
子供特有の無邪気な悪戯。
子育てと家族を養わなければならない責任の重圧からライアンは壊れていった。
ラーナが一二歳になった時。
何がきっかけなのかわわからないがライアンは爆発した。
おそらく親子喧嘩から発展したのだろう。
包丁を握ったライアンが逃げるミーナとラーナを追いかけている。
ミーナとラーナは俺の元へと逃げてきた。
二人は抱き合ったまま俺の幹へと背を預けゆっくりと迫りくるライアンに怯えている。
今のライアンは正気ではない。それにもうライアンは終わりだろう。もう元には戻れない。
たとえ元のライアンに戻ることが出来たとしても、ミーナとラーナに植え付けられた恐怖は拭えない。
「はぁ……はぁ……っ、くそがっ、なんだってんだ!俺は父親だぞ!」
「ひっ、だ、誰かっ、誰か助けてっ!」
「いやぁぁぁあっ」
「うるせぇ!お前は俺の女だろうがっ!何助け呼んでるんだよ、なんで俺から逃げるんだよ!」
ミーナは助けを求め、ラーナは泣き叫ぶ。
ライアンは混乱し、何かに怯え、怒り狂っている。
このままではミーナとラーナは殺されてしまうだろう。
そんな事、俺の目の前でされてたまるかっ!
ミーナとラーナは娘と孫のようなものだ。
つまり二人は俺の大事な存在なのだ。
ゆらゆらと枝を揺らす。
丁度今、嵐の様に強風が吹き荒れている。
それも利用して俺は幹を撓らせる。
ギシギシと幹が悲鳴を上げる。
もう限界まで身を左右まで振らせている。
その間にもライアンはミーナとラーナの元へ。
あと少し、あと少しでライアンの凶刃が柔肌を切り裂いてしまう。
「もう、お前らなんか……死んでしまえっ!」
「いやぁぁぁっ」
「やめてぇっ!」
そんな事、させはしない。
バキバキバキっと裂ける音を辺りに響かせ俺の幹がへし折れる。
俺はこの辺りでは一番背が高い。
そんな俺がライアンめがけて倒れていく。
ライアンは突然のことに体が硬直したのか、こちらを凝視したまま動かない。
ダァァアアアンッッ!!っと轟かせライアンを下敷きにしながら地面に横たわった。
すっごい痛い。
俺樹だけどめっちゃ痛い。
しかしミーナとラーナを助けることはできた。
はぁ、根元から折れちゃったからな。
流石にこれはどうしようもないだろう。
とか思ってたが植物はかなり生命力が強いようだ。
数か月もすれば切株から新しい芽が生えてきた。
蘖というのだったか。
更に倒木からも発芽した。
倒木更新と呼ばれる現象だ。
倒木の栄養を吸い芽を出す。
この倒木は村の人々に処理されずそのままになっている。
どうやらライアンを押しつぶしたことから俺に関わることを恐れているらしい。
それでもミーナとラーナは変わらず俺に接してくれている。
まぁそういう訳で倒木から発芽することが出来、俺の意思が幾つも分かれてしまっている。
まず切株の蘖が二つ。それに加え倒木から出た芽が六つ。それ全てに俺の意思があるのだ。
なんていうか滅茶気持ち悪い感覚だ。
六つの視界が同時に見えているのだ。
しかも六つの意思が同時に同じことを考えるのだ。
六つの重なる思考と違う景色を映す視界。
滅茶苦茶に混じり合い常に酔ったような感じになっているのだ。
しかしこれ、上手く利用できればなかなか便利なものになるかもしれん。
一先ず成長する先を一つに纏めよう。
あのライアンを殺すために大きく幹を揺らしたお陰か、以前より少し体の自由が利く。
だから成長する向きを一方向にまとめ、幹を絡ませればいつかは一つに融合するだろう。
それまでしばらくの間、この感覚になれるよう頑張ろう。
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ら、ラーナが、ラーナがっ……。
結婚することになった……。
もう今年でラーナは二一歳だ。
正直この年でまだ結婚してなかったのは行き遅れと言っていい。
しかしラーナの過去が過去だからな。
ライアンの件以降、軽く男性恐怖症の様になっていたのだ。
それでもラーナの心をつかんだ男はそれほどラーナが好きなのだろう。
だがミーナの件があるため少々不安だ。
ミーナの時もラーナと同じくらいの歳に結婚したからな。
いつでも助けられるように見守っておかねば。
そうだ。あの意思を一つにまとめ上げる作戦だがなかなかうまく進行している。
倒木から生えたものと蘖を一点に向けて成長させ、グネグネと絡めることで徐々にだが意思が一つに混じり合っていっている。
まぁその為少し見た目がグネグネといくつもの樹が絡み合う不気味な見た目になってしまったが。
些細な問題だ。
ミーナとラーナは今でも俺のもとにやってきて祈りを上げている。
ミーナの両親、ミカルドとサーナも度々俺の元へ訪れ感謝している。
そして村人からの印象も変わったようだ。
以前はライアンを殺した呪われた樹だったのが、現在はミーナとラーナを守った樹へと。
まだ少し恐れられているようだが、以前よりマシになった。
これもミーナとラーナ、そしてミーナの両親の御蔭かもしれない。
ラーナの結婚式の際にはミーナの時と同じように枝葉を揺すって祝福してやった。
あの時より体の自由は効くようになっており、ざわざわっ、ざわざわっと揺れることが出来る。
しかしそんな俺を見た村人たちにまたよからぬ噂が立ってしまったようだ。
ただ祝福してあげたかっただけなのに……。
その翌年、ミカルドとサーナが亡くなった。
孫のラーナの晴れ姿を見ることが出来て満足したのだろう。
二年後、ラーナと夫マイクの子供が生まれた。
またも女の子だ。名はマーナ。
元気で明るい女の子だ。
すくすくと成長していき、ミーナの時の様にライアンが壊れることなく夫婦が協力して育て切った。
少しやんちゃで村の子供たちを率いるガキ大将のようなことをしているらしい。
ちょっとやんちゃすぎて俺の枝をぽきぽき折っちゃうんだよな。
痛いからやめてほしいんだけど。でも可愛いから許しちゃう。
しかしその度にミーナやラーナに叱られて泣いている。
ミーナとラーナは俺を神聖視しているからなぁ。
だって最近は神樹様とか呼んでるし。
なんか祠が立ったし。
しめ縄が回されたし。
村人たちも神樹様って呼び出したし。
ミーナたちの家が社家の様に扱われだしたし。
マーナが二〇を超えたときには神樹様を祀る巫女の家の様になってきた。
女の子しか生まれていないしね。
これからどうなるかはわからないけど。
マーナが二四歳で結婚した次の年、ミーナが倒れた。
六九歳のミーナはこの世界ににしてはなかなかに長生きしていると言える。
だからいつ倒れてもおかしくなかった。
倒れたミーナは徐々に衰弱していき、一年も経てばベットから立ち上がることもできなくなった。
それまでは毎日と言っていいほど俺の元へお参りに来ていたため、ミーナが来なくなったことがすごく寂しい。
俺が意思を得たときからずっと見てきた存在だ。
俺がいる場所からでは家の中で眠るミーナの姿は見えない。
そこで少し手を打ってみた。
俺、体の自由度が上がったからかめっちゃ頑張ることで小さな苗樹を新しくはやすことが出来るようになったのだ。
それをラーナやマーナによく見えるようにして二人が来た時に体をわさわさ揺らす。
これで俺の意図が伝わってくれればいいけど。
「これ、神樹様の新しい苗かしら?」
「そうみたいだね。でもこれ昨日まであったかな?」
「……なかったわよね」
「もしかしたら神樹様が生やしてくれたのかな?」
その言葉を肯定するように一際大きく体を揺さぶる。
「わっ、神樹様が揺れてる!」
「もしかしてこの苗をくださるのかしら?」
「あっ、そうかも!きっとおばあちゃんのために神樹様が生やしてくれたんだよ!」
「神樹様、そうなのですか?」
そう問いかけるラーナに頷く様にユサユサ。
「神樹様、感謝いたします」
「ありがとうございます。きっと祖母も喜んでくれることでしょう」
そっと苗樹を優しく掘り起こした二人は嬉しそうに村へと帰っていった。
家に帰った二人は早速植樹鉢に俺の苗樹を移しミーナの元へ。
ラーナたちが持て帰った苗樹にも俺の意思は存在する。
その為苗樹があるミーナの家の中まで視界が届く。
生まれて初め見た新しい景色。
村の中の少し大きな家。
その中の一室に穏やかに眠る老いたミーナの姿が。
この一年でミーナはやせこけ、しわが増え、生気が萎えている。
あのミーナがこんな姿になるなんて。
人が老いるのは早い。
ミーナ。
「……神樹様?」
「あ、おばあちゃんがっ」
「お母さんっ!」
ちょっとびっくりしたぞ。
まさか俺の声が聞こえたのか?
「お母さん、神樹様がお母さんへって苗樹をくれたのよ」
「……神樹様が」
「おばあちゃんが元気になってって。きっと神樹様がおばあちゃんのために生やしてくれたんだよ」
「……神樹様」
細く痩せ干せたしわしわの手で俺の苗樹が植えられた鉢を抱きしめる。
「……神樹様、私のために、感謝します……」
ミーナ、具合はどうだ?
俺の声が聞こえるとは思えない。それでも俺はミーナに話しかける。
「……もう体が自由に動かず、視界もぼやけ、体の感覚が薄くなっているのです……」
聞こえてるの?
完全に俺の問いの回答だよな。
もしかしたら聞こえているのかもな。
死に際の人間はこの世から離れ始める。
その際に本来見えないものや聞こえないものを捉えてしまうのかもしれない。
「……なんだか神樹様のお声が聞こえるような気がいたします。はっきりとではありませんが、何かしらの意思を感じるのです……」
やはり聞こえていたのか。
ミーナ。
もう近いのか?
「……私の体は私が一番理解しております……。もう、時間はないでしょう」
そうか。
「……昔の、記憶が蘇るのです。三歳のころ、まだ小さかった神樹様を見つけたとき。なぜか私は惹かれたのです」
ラーナとマーナが見守る中、目を閉じ、抱きしめる鉢に植えられた俺を感じるように、ぽつりぽつりと囁く。
「……それから何度も神樹様の元へ訪れ、神樹様をお相手にお話をしていたのが懐かしいです」
そうだ。
意思が芽生えて間もない俺に様々な話を聞かせこの世界の事について教えてくれたのがミーナだった。
初めはミーナより俺の方が小さく、しかしすぐに俺の背はミーナを抜かした。
「……一年もしないうちに私の背を抜き、すぐに私は見上げなければ神樹様のお姿を収めることさえできなくなりましたよね……」
あぁ、あの時は何もかもが新鮮で楽しかった。
「……お気を害すかもしれませんが、あの時私にとって神樹様はお友達のような存在だったのです」
俺はミーナの事を娘だと、そう思ってきた。だけど、あぁ、俺もミーナの事を唯一の友人だと思っていたのだろう。
小さなころから一緒に成長してきた、幼馴染のような、そんな存在だった。
「夫と、ライアンと結婚し、ラーナが生まれ。次第に育児のストレスで壊れていくライアンを私は見ていることしかできませんでした。その時も神樹様が私の事を心配してくれているような、そんな気がしたのです」
そうだった、心配だった。
凄く心配だった。
ミーナとまだ小さいラーナが傷つくんじゃないかと気が気でなかった。
「ライアンに追い詰められ、あと少しで殺されるというところで、やはり私は神樹様が私たちを守ってくれると、何故かそう思い神樹様のもとに逃げたのです。そして神樹様は私とラーナを助けてくださいました」
ミーナの話し方が徐々に饒舌になっていく。
まるで生気が戻っていくかのように。
最後の力を振り絞るように。
「あぁ、もう何も見えなくなってきました。音も聞こえません」
ミーナ、もう時間なのか?
「あぁ、神樹様の声がはっきりと聞こえます。このようなお声をしていたのですね」
「お母さんッ!」
「待っておばあちゃん!」
先ほどまで黙ってミーナの話を聞いていたラーナとマーナも、ミーナを引き留めるように抱きしめる。
「ラーナ、マーナ、そこにいるのかい?」
「いるよ、お母さん……」
「まってて、今お父さんを呼んでくるからっ」
急いで部屋を出てマイクを呼びに行くマーナ。
おそらくマイクが来るまで間に合わないだろう。
「神樹様、あぁ、神樹様のお姿が見えます」
ミーナの体からゆっくりと何かが浮き出していく。
ミーナの魂が抜けて行っているのだろう。
ミーナの魂と目が合う。
「ずっとお慕いしていました。神樹様、どうか、どうかお名前を……」
名前か。
すまないが俺に名前はない。
「そう、なのですか」
良ければお前が名前を付けてくれ。
「……よろしいのですか?」
あぁ、お前に付けてほしい。
「……イラ・ユグド、というのはどうでしょうか」
イラ・ユグド。
いい名だ。
これから俺はイラ・ユグド。イラと名乗ろう。
ミーナ、お前のことは忘れないぞ。
俺の名付けの親にして、生涯の友として。
「あぁ、幸せです。イラ様……もう、私は……」
ミーナ……。
「どうか、イラ様のもとに眠ることをお許しください……」
あぁ、許そう。
俺の元で安らかに眠れ、ミーナ。
「あぁ、有難き、しあわ、せ…………」
ミーナを看取った俺は苗樹から意識を本体に戻す。
それから二日後、葬式も終わりミーナの遺体が俺の元へと運ばれた。
そして根の間に穴が掘られミーナの遺体が埋められた。
ミーナ・ユグドと名が彫られた墓石が祠の傍に設置され、丁重に葬られた。
俺の根の間で眠るミーナを根で囲うようにして包み込む。
ミーナはやがて朽ち、土となり養分となる。
それをどこにも逃さないように。虫や雑草共に奪われないように守るのだ。
ミーナは、俺の大事な友人だから。俺の中で生きてほしいから。
どうやらこれからミーナの家族はユグドと名乗るらしい。
ラーナ・ユグド、マイク・ユグド、マーナ・ユグドと。
これから村の中で正式にユグド家は神樹を祀る家と定められた。
その後三〇〇年の間、ユグド家は絶えることなく血を繋ぐ。
七回代替わりが行われたが、ユグドの家系から生まれるのは全て女だけだった。
神樹の巫女と、巫女の家系として代々神樹を祭り続ける。
そしてイラ教という神樹を崇める宗教ができた。
更に七〇〇年の時が流れ、あの小さな辺境の村は町となり、都市となり、そして国になった。
神樹国ユグド。
俺を崇める宗教が中心に動く国だ。
一〇〇〇年の時を経て、俺も力を付けた。
成長も留まることを知らずもともと村だった土地を飲み込み、背も千mはいっているだろう。
まさに神樹と呼んでいい見た目にはなったわけだが。
「さぁミーナ《・・・》」
「はい、イラ《・・》様」
神樹国の王都から少し離れた丘の上、神樹イラ・ユグドを望めるそこに一組の男女が存在した。
現代では名付けられることがタブーとされる神樹と初代巫女の名を持つその男女はゆっくりと歩みを進める。
「俺、上からはずっと見てきたが実際に歩いて見るのは初めてだからなぁ。楽しみだ」
「ふふふ。私もです、イラ様。私の子孫がちゃんとイラ様の国を治めているのか、査察させてもらいます」
「堅苦しいなぁ。もっと気を抜いて楽しめよ。折角のデートだぞ?」
「で、ででで、デートっ!? わ、私と神樹様がですか!?」
「おーい、呼び方が戻ってるぞ」
「はっ、申し訳ございませんイラ様」
ニヨニヨと頬を緩ませ指摘する男に首が捥げるのではと思わせるほど勢いよく頭を下げる女。
二人は楽し気に話しながら丘を降りていく。
遠き過去、友人として生き、一つに交わった二人は現代で人の姿を得た。
そして過去にできなかったことを今この時で楽しもうと。
二人は歩き出す。
二人だけの大きな秘密を抱え。
二人はかけがえのない時を刻んでいった。