古代の機械幼女
「うわぁぁぁぁっ!」
「なんじゃ!耳元でうるさいわ!」
怒髪天を突くというやつだ。
いや違う。ただ風圧で髪が逆立ってるだけ。
どんどんと近づく地面。減速もクソもなく。ちょうど、生まれ変わってもロリコンにはなってやるかと決意した時。
ズンッ!
幼女、大地に立つ。
「んん〜っ!」
なんのひねりもなく、普通に両足で着地しやがった幼女。着地の衝撃が足元から登ってきたらしく、身体をブルリと震わした。昭和か。
「LoRe-01、飛び降りました!マンション南、駐輪場です!」
遥か頭上から声がする。見れば黒服が無線片手に上半身を乗り出していた。もうなんか、今さら謝っても遅いって剣幕。
僕は半ば突き放すように幼女の肩から降りて叫ぶ。
「ど、どーすんだよ!追っ手が来るっぽい!」
「騒ぐなたわけ。逃走手段ならほれ、ここにあろう」
そう言って幼女は、安っぽい日差しの下にまばらに並んだ駐輪場から、ガララと引き出す。
「そ、それは……!」
思わず言葉を失った。しかし、その先の言葉を続ける暇もない。けたたましいブレーキ音とともに、駐輪場の出口に黒塗りの覆面パトカー。黒服たちがぞろぞろと。
乗れよ。そう言いたげに、幼女がくいっと顎で示す。
選択肢は、ない。
「本当に大丈夫なんだよな!」
「任せておけ!あんなガラクタに引けはとらんわ!」
颯爽とまたがる幼女に続いて、後輪の車軸に足を乗せ、後ろに高く伸びた取っ手を掴む。そう、これなるは--
これなるは、三輪車である。
こうなりゃヤケクソだった。
「いけ、幼女!」
「言われずとも!」
けったいなスカートを跳ねあげて、幼女の小さな足がペダルにかかる。
加速度。
突然の慣性力をちゃちな取っ手にしがみついてこらえ。ケイデンスは上がり続ける。想定を超えるその回転に悲鳴をあげる車軸。秋の涼しい空気が頬を切る。
「なんだあの三輪車!」
「普通の三輪車の三倍は速いぞ!」
とかなんとか言ってた黒服たちが、三輪車に跳ねられて自転車の列にがしゃーんと落ちる。
痛そう、可哀想、とも思ってられない。僕だってしがみつくのに必死なのだ。
「フルスロットルで……振り切るのじゃあ!」
だってこの幼女、減速を知らない。脳細胞がトップギアにでも入ってるんじゃあなかろうか。そのはしゃぎっぷりだけ見れば年相応に可愛らしいものを。
暴走三輪車は駐輪場を駆け抜け、車道へ向かう。これ、時速60km超えてませんかね?
「おい! ちょっと待て! 車にぶつかる!」
「なんじゃ! 聞こえんぞ!」
「まーえーをーみーろー!」
聞こえないからって振り返るんじゃない。この三輪車、三輪車だから当然なのだがブレーキがない。そして前方には、黒服どもが乗ってきた車が出口を塞ぐ。
……あれ? 詰んでね?
「くそぅ! こんなんならおとなしく捕まっとけば良かった!」
「あっ! 今のはわかるぞ! 軟弱なこと言いおったな!」
「嘘つけ! お前ほんとは全部聞こえてんだろ!」
言い合う僕らの眼前に、どんどんと車が迫る。
さよなら母さん。お願いだから僕の秘蔵のエロ本を見つけて、僕がロリコンでないことに気付いてください。
そんなことを願ってしまった時。
「さて、そろそろ黙っておれ、舌を噛むぞ!」
刹那、浮遊感。
幼女が片足で地面を蹴りつけたのだ。わずかに浮き上がる車体が九十度方向転換。
ギャリギャリギャリ!!!
ウソだろこいつ、タイヤを真横に向けてブレーキの代わりにしやがった!
ゴリラもびっくりの脳筋技だが、地面に黒い焦げ跡を残しつつ、三輪車は確実に減速する。急制動に傾く車体を、重心移動でなんとか堪えつつ。
「今じゃ!」
またもやのロケットスタートで、車スレスレの隙間を縫って。華麗なまでの直角ドリフトでもって、僕らは逃走したのだった。
◇◆◇
「……で」
「……で、なんじゃ?」
……なんじゃっけ。僕らは見つめ合う。そうしているとうちから沸き起こるこの感情。
そう、これこそは--
「なんじゃっけ、じゃねぇよ! なんだよコレ! どうなってんの?!」
これこそは怒りである。
「まぁ落ち着け。ろりこんたるもの、常に冷静でなくてはならぬ」
他でもない幼女になだめられてしまって、言葉を飲み込む。隣の家から顔を出したおっさんにもうるさいと怒鳴られ、縮こまる。
僕たちは、住宅街に埋もれるように造られた公園にまで逃げ込んでいた。途中で三輪車は乗り捨てて、三十分ほども歩いてきたのだった。それでも、周りの視線が痛かったけど。
一つ、深呼吸。
落ち着いた頭で、とりあえず一番大事なことを否定する。
「いや、僕ロリコンじゃないから」
「いや、妾に見初められた時点でろりこんじゃよ?」
「は?」
「うん?」
衝撃の事実。ロリコンに自分の意思は関係なかった。ブランコにぶらぶらと座る幼女と、手すりに腰掛ける僕。お互いにぽかんとする時間が過ぎて。
「さてはお主、ろりこんを何かと間違えておるな?」
「なんだって……!」
あれか、同音異義語というやつか。悲しいことに、僕の国語知識はこんな幼女に敗北を喫したらしい。きっと熟語か何かだ。
露離婚、ロシアで離婚。
あるいは、炉羅漢、炉から生まれた伝説の漢。
「いや、それはないわ」
「何を一人で考えておるか知らんが、ほれ、こう書くのじゃ」
一人でうんうん唸ってる間に、幼女はどこからか枝を拾ってきていた。それで、足元にがりがりと文字を書いていく。
「そういやお前、名前は?」
「名前? そうさな、原初、それが名前かの?」
「はぁ? なんで疑問形なんだよ」
「なんでもじゃよ。遠慮せず、原初と呼び捨てることを許そう」
ありがたい許可をいただいたところで、どうも書き終わったようだった。ぽすん、とブランコに座りなおした幼女、いや、原初の前には、こう書かれていた。
『LoReコン』
「わかるかーい」
「ほぉれ、間違えておったじゃろ?」
そう言って彼女はドヤ顔でブランコを漕ぎ始める。
うおっ、あぶねっ。
文字がブランコの前に書いてあるもんだから、気付いてなきゃ蹴られてた。
「間違えるも何も、なんだよLoReって。聞いたことないぞ」
「聞いたことあるじゃろ。ほれ、黒服が言っていたじゃろ。Load Regret、その略称じゃよ」
「ろーどりぐれっとぉ?」
「ロード・リグレット。『王の後悔』じゃな」
ぎっこぎっこと前後に揺れる彼女は言い切った感にあふれているが、全くもってわからない。確かに黒服が突入してくるなり何か言っていたけれど。
そう、あれはたしか、目の前でいい加減うざくなってきた幼女を見るなり言っていたけど。
「なぁ、もしかしてお前が、そのロード・リグレットってやつなのか?」
「そりゃあ、そうじゃ。普通のロリにあのような真似ができると思っておったのか? ロリはロリでも、妾はLoReじゃ」
「普通じゃないロリとは」
「……なんじゃ、今の人間はRoLeを知らんのか」
不本意そうに漏らした原初は、勢いそのままブランコから飛び降りた。なにせ、すでにブランコの方が壊れるんじゃないかって勢いだった彼女である。余裕で僕の頭上を飛び越して、背後に着地する。僕が振り返ると、そこにはくびれのない腰に手を添えて、もう一方の手を無い胸に当てて踏ん反り返る幼女。
「最終人型決戦兵器、ロード・リグレット。遥か太古、聡明たる我等が王によって造られた、感情式戦闘人形。妾は、その始まりにして頂点」
「やめて、急に中二病やめて?」
「わかりやすく言うなら、最強の戦闘兵器の元締めじゃ」
「おぉ、急にヤクザっぽい」
「バカにしとるんか?」
反応もヤクザっぽい。案外、ノリはいいやつなのかもしれない。
しかし、彼女の言葉を信じるとするならば。
「もしかして、お前は人間じゃないのか?」
「そりゃあの。人間に出来ない芸当を、散々見せてやったろうに」
「……そうだよな」
到底信じられないが、信じないことの方が信じられない。地上十一階から飛び降りれる、そんな鉄人は幼女どころか全人類探したっていやしない。
でも、肩に担がれた時の感触、その体温、息遣い。目の前で乱れた髪を払う彼女の、その太陽に煌めく銀髪が作り物だなんて。
青い瞳は、僕を捉えて離さない。
「そしてお主が、この私、原初のLoReコンとなるのじゃ」
「……LoReがお前なのはわかったけど、じゃあコンってなにさ。コントローラとか?」
「まぁ、そんなもんじゃ。妾と主従を結べと、そう言っておる」
「主従……」
「ま、詳しくは後でじゃな。ちょうど、迎えが来た」
幼女が僕の背後を顎で示す。振り向いて、言葉を失った。
そこに立っていたのは、無精髭を生やした二十代後半の男。細身の体をよれよれのシャツに包む彼は、どこか気だるげ。いつのまにか公園の入り口にいた彼は、何か青空色の物体を抱えている。
「……待たせたな」
「待たせたなっ!」
……ん? おかしいな?
ぼそぼそとした低い男の声。それが聞こえるのはおかしくない。じゃあ、あの元気濃縮百パーセントみたいな、まるで幼稚園生みたいな声はなんだろう。
そう、幼稚園生みたいな。
あ、あの青空色の物体、幼稚園のスモックだ。
きゃっきゃきゃっきゃ、じたばたとはしゃぐ幼稚園生を抱えた、そこにいたのは明らかな誘拐犯。
「ほれ、何を呆けておる。行くぞ?」
「お……」
「お?」
「おまわりさーーーん!!!!」