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幼女、大地に立つ

 果たして、ロリコンは犯罪だろうか。


 答えは限りなくイエス。だって、憲法にそう書いてある。


 まぁ、憲法だったかははっきり覚えていないけど。この前の法改正で、半ばどころか100%の強引さでお偉いさんに取り決められたのだ。

 曰く、十六歳に至らぬ女児に性的興奮を覚えるもの、これを罰する。


 この特例法--通称、対ロリ法--が可決されてしまってから、政府の暴走だとか、そもそも何を目的とした政策だとか、女子高生は許されたとか、議論紛糾だ。だから今日も、テレビでこんなくだらない討論をしている。


「ロリコン規制法、でしたっけ? 性癖にまで手を出すとはこりゃまた」

「いたいけな子供への性犯罪を未然に防ぐと、政府は言ってますがね」


 あー、アホくさ。眠くなくたってあくびが出る。これが日曜の朝から真面目くさって話す内容か?

 我ながら緩慢にテレビのリモコンへと手を伸ばし画面を消すと、ずっと聞こえている食器洗いの水音の中から、咎める声があった。


「ちょっと照喜てるきー。なんで消しちゃうのよー」

「なんでって。聞き飽きたろ、あんなくだらないの」

「いい法律じゃないのー。私も若い頃は、痴漢によく遭って困ったのよー?」


 いやそれ、元から犯罪だから。ていうか、家事のストレスですっかりふくよかなネット音痴の母は、この法律のヤバさをわかっていない。対ロリ法はけして、痴漢の検挙なんて生易しいものではないのだ。

 エプロンで手を拭き拭き、キッチンから出てきた母さんがテレビを付ける。


「しかし、ネットの検索履歴を調査して、少しでもその気のある人間には家宅捜索。いくらなんでも行きすぎじゃないですかねぇ」


 --そういえばこの前、同じクラスのやつが踏み込まれてたっけ。

 そう、対ロリ法は下手なロリコンよりよっぽど冒涜的なのだ。プライバシーの冒涜。僕らのような高校生まで対象にしたその捜査は、殺人事件の捜査なんかよりよっぽど本腰が入っていると話題だったりする。

 それでも検挙が続いている辺り、懲りないバカ(ロリコン)というのは一定数存在するということで。


「まったく、幼女の何がいいんだか」

「ほんと、あんたがそう言ってくれる子で良かったわー」


 両の腰に手を当てて安堵の息を吐く母さん。言われなくても、僕の好みはボンキュッボンの色っぽいおねーさんだ。

 ……まぁでも、近所のおばさんの代表例みたいな母さんと比べたら、幼女のがマシか?

 その後もテレビの前に立って、「そうよそうよ」と訳知り顔に頷く母さんを見ながら、そんなことを考えていた時。

 ぴん、ぽぉーん。うちのマンション名物の、やけに気の抜けたチャイムが鳴った。


「あら、宅配便かしら?」

「僕が出るよ。母さん、食器洗い残ってるだろ」

「そう? 悪いわねー」


 今日一日寝そべり続けたソファから身体を起こす。玄関まで出て行ってドアを開けると、そこにいたのは緑の制服の某宅配業者だった。


「桜庭照喜さんへのお荷物なんですけど」

「あっ、僕です」


 夏も終わって、半袖で出歩くには肌寒い秋だというのに、その宅配業者はやけにじっとりとした脂汗を額にかいていた。理由は明白。ぷるぷると震える腕に抱えられた、スーツケース大の段ボール箱だ。


 --こんな大荷物、頼んだっけな。


 全く覚えがなかったけれど、目で早く受け取ってくれと訴える宅配業者に負けて、手早くサインをして荷物を受け取る。


 ……めっちゃ重いなコレ!


 まるで今日の仕事は全て終わったとばかりの晴れやかな顔で汗を拭い、さっさと消えていく宅配業者に、八つ当たりの視線を向ける。米の袋なんか目じゃない。30kgはあるんじゃないか?

 えっちらほっちらと、数歩を無限の距離に感じながら運び入れる。床に置く時に小指を挟んだけど、バカ痛かった。


「ほんと、何入ってんだこれ」


 段ボールには天地を示すシールと、取扱注意のシールと。取り敢えず、割れ物ではないらしい。

 そして、送り状。たしかに僕宛の荷物だけど、『有限会社 光源氏』なる送り主に心当たりはないし。

 何より、その品名。


『LoRe』なるものに、心当たりがなかった。


「……ちょっと、開けてみるか」


 送り先の住所から名前まで完全に僕なのだ。誤配達でもあるまい。爪の先でカリカリとガムテープの端をめくり、剥がしていき。


 そして、ご開帳。


 ばたん。ご閉帳。


「いやいやいや。ないわー」


 見ちゃあいけないものを見た。いや、見たように思う。見た気がしたことにさせてくれ。

 でも、そりゃああんなに重くもなるよなぁ……なんて思ってたまるか。

 きっとアレだ。行きすぎた大人のオモチャ的なアレだ。それでも大分ヤバみ溢れてるけど、そっちのがマシ。


 その希望にすがりたくて、僕は思いっきり閉じた段ボール箱の蓋をそーっと開けてみる。


 目が、合った。


「のう、お主が妾のマスターか?」


 思考停止。


「これ、もっとちゃんと開けんか。お主の顔もよく見えぬではないか」


 脳が情報を咀嚼して。


「ぬぅ、お主が開けぬなら、妾が開けるぞ」


 再起動までたっぷり三秒。

 あっ、これ、幼女じゃん。


 幼女じゃんって……


「いや! ムリムリムリムリムリ!」

「なんじゃ、急にどうしたんじゃ! 蓋を閉めるでない!」

「いや! ムリだから! ほんっっっとムリだから!」

「何がじゃ?! 何がムリなんじゃ?!」

「いや、お前がだよ!」

「なっ、なにをぉう!」


 やはり最初に見た時のアレは、現実だったんだ。

 それは、いや彼女は、黒いゴスロリドレスを着て、それこそダンゴムシみたいに丸まって梱包材の海に沈んでいた。アニメかなんかで見たことしかないけれど、それは西洋の陶磁器人形のよう。肌が白く透き通るって、こういうことなのかって思った。最初に見た時は目も閉じていて、綺麗な銀髪だなってことしかわからなかったけど、箱の中から覗く瞳は沖縄の海みたいに煌めく。

 そんな、世のロリコンども垂涎の幼女が。


「なんで箱詰めで俺のとこに送られてくるんだよ!」

「妾の知ったことでない! ただ、あの男の言う通りに箱に詰められ--」

「なんで人に言われて箱に入るんだよお前、バカだろ!」

「ば、ばかとはなんじゃあ!」


 押し合いへし合い。圧勝に終わるかと思われた段ボール一枚越しの攻防は、中々に決着がつかない。色も細さもロウソクみたいなこの腕のどこにそんな力が……!


「ねぇ、どうしたのー?」

「なっ、なんでもない!」

「なんでもあるわ! 妾、こんなひどい扱い始めて!」

「うっせ! 段ボールに詰まってたくせに何言ってんだ!」


 ダメだ。母さんの足音が聞こえる。こっちに来てる。

 なんて説明しようか。「これ、新型の◯ッパー君。すごいでしょ」って言えばいいか。いや、ダメだ。ダメすぎる。

 思考をまとめようにも、体重全部乗せの両腕の下からはいらん声がいっぱい出てくる。耳元にまで心臓があるみたいに、心拍がうるさい。


 だから、玄関の前にまでやって来ていた駆け足に気づくのが、遅れてしまった。


「公安ゼロ課だ! 特例法に基づき、家宅捜索を行う!」

「っ!」


 公安ゼロ課。対ロリ法に基づき新設された、ロリコンのサーチアンドデストロイを職責とする黒スーツども。

 そいつらが今、大挙してうちの広くもない玄関になだれ込む。


「ふん。なんじゃ、なんだかんだ言って、歓迎の用意はしておるのじゃな」


 そして、上機嫌な幼女の声。


 あっやべっ。


 そういや、手ぇ離してた。


「--! こちら、安藤。本当に、『ロード・リグレット』シリーズです! 型式、LoRe-01と推定!」

「あれが、本物……?」

「気をつけろ、あれは人型決戦兵器幼女だ……」


 あぁ、もうダメだ。俺の人生終わった。

 黒スーツが何言ってるのかはわからないけど、めっちゃ警戒してるもん。そりゃあ、宅配便で幼女を受け取るなんて特級のロリコンだよ。もう、堂々と腕を組んで仁王立ちする幼女を抑え込む気力もない。


「ねぇ、どうしたの、照--」

「母さんっ!」


 気が付けば、後ろに母さんがいた。

 --そうだ、母さんならきっと庇って……!


「照喜、あんた、そんな子だったのね……」

「なんだその超速理解!」


 思わず突っ込んでしまってから、脱力した。あのババア、本気で泣き崩れてやがる。

 もう、その場にへたり込むしかなかった。見慣れた天井を見上げると、自然、乾いた笑いが出る。これから、履歴書の犯罪歴にロリコンって書かなきゃな……。


「おいお主、どうしたんじゃ」

「ほっといてくれよ。お前のせいで人生終わったんだ」

「なんで終わったんじゃ」

「そりゃ、これからそこのポリスメンに捕まるからさ」

「ふむ。つまり、捕まらなければいいのじゃな」


 ……えっ?

 ふんっと、鼻で一つ笑った幼女を見上げると、得意げに口の端を釣り上げている。まさか、まさかこいつ。


「逃げるぞ、我が主人様!」

「えっ?! うえっ!」


 気付けば、鳩尾にタックルを食らっていた。違う、体当たりの勢いで肩に担がれていた。

 黒服の制止を振り切り、よよよと泣く母さんを通り過ぎ。


「お主には立派なろりこんになってもらわねばいかんからな。こんなところでは終わらせん」

「いやお前! その気持ちはありがたいけど!」


 玄関と反対方向に走っていく彼女。その先にある出口とはつまり一つしかなくて。たしかに映画ではよくそんな逃げ方するけども。


「……飛び降りるなんて、言わないよな?」

「はて、何のことやら」


 イタズラが見つかった子供そのままの楽しげな声で、彼女はベランダのへりに飛び上がり、踏み越えた。


 いやほんと、逃げるのはいいんだけどさ。


 ここ、地上十一階なんですケド。

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