願いと線
「これまでの頻度を考えると、久しぶりに会うね」
紅夜が微笑みながら言う。相変わらず、完璧な表情だ。
「忙しかったんだ。ほんの少しの時間も惜しいほど」
嘘だ。確かに、用事はチラホラとあった。でも、紅夜に会いに行けないほどでもなかった。僕が人間になりきれていない。紅夜にそう言われたことが、僕をしばらくの間動揺させていたのだ。
「君が来ない間、暇つぶしに考えていたことがあったんだ」
「なんだろう」
「君の名前だよ。どんな漢字を使うのか考えていたんだ」
僕の名前の漢字を当てることは難しい。そもそも読める人も少ない。紅夜が出した結論が、とても気になる。
紅夜は木の棒で地面に文字を書いていく。
「圧、暑、熱、厚、集。どれも『あつ』と読む。でも、これらの漢字は違う気がした」
紅夜は五つの漢字の上に、バツを書く。
「親が子に名前をつけるとき、何らかの願いを込める。それは音で表しているときもあれば、漢字で表しているときもある。君は私が聞くまで名前を教えてくれなかった。今思えば、意図していたんだろうね」
紅夜はそこで一度息を吐いた。
「君は漢字を教えてくれなかったし、『あつ』という音で願いを表しているとも思えない。だから君の名前は漢字の方に意味があって、その漢字を君が気に入ってないんじゃないかなって思った」
紅夜はさっき書いた漢字を手で消して、新しく上から『あつ』を書いた。それは色が多く、潤い、幸せを意味した、まぎれようもない僕の名前だった。
「僕は、この名前を嫌ってなんかいないよ。ただ少し、恥ずかしいようなやりづらさを感じるだけだよ」
僕は紅夜の隣に腰を下ろした。それは、はじめてのことだった。僕らは出会ったときからずっと、向き合って話をしていた。
紅葉の隙間から見えるオレンジがかった空は、秋の色、ただ一色だ。
「ねえ豊。私は生まれて初めて、生きたいと思っているんだ」
「僕はね、やっぱりわからない」
それでも、今がとても幸せだと、断言することはできる。