赤とチーズケーキ
僕はそれから一週間に二回、女の子のいる神社に向かった。
その神社は大きな紅葉の木があり、女の子はいつもその木の下にいた。
「ねえ、この紅葉、きれいだと思う」
「どうかな。僕にはわからない。でも、人を魅了する赤色だとは思う」
その紅葉は、鮮やかすぎるほどの赤色をしていた。秋の風に揺れた紅葉は、ぞっとするほど美しかった。そしてその姿は、女の子によく似合っていた。女の子がいつも木の下にいるのは、それが理由かもしれない。
「私ね、この赤色、好きじゃないの」
「どうして」
女の子がため息をつきながら、幹にもたれかかる。ほんの少し上を見上げたその横顔は、完璧なまでに整っているが、やはりどこか疲れている。
「だって血みたいじゃない。私が今まで人の命を奪って飲んだ、血に見えるもの」
そう言って、女の子は目を瞑る。女の子が疲れて見えるのは、罪悪感が強いからかもしれない。人の命を奪ったその過去が、女の子の重しになってしまっているのかもしれない。
「そうかもしれないね」
女の子が目だけをこちらによこしてくる。
「否定しないんだ。少し、残念」
「人とあまり、衝突したくないんだ」
「そう」
女の子はまた目を瞑ってしまった。力が衰えているせいで、よく眠ってしまうらしい。今日はそろそろ、引き上げたほうがいいようだ。
帰り際にぽつりと聞こえた「私は人じゃないよ」は聞かなかったことにした。
女の子と出会って、ひとつの習慣ができた。女の子に教えてもらったあのカフェに行くことだ。
重めのドアを押し、中にはいる。どうやら今日は客が一人もいないらしく、青年が食器を片付ける音しか聞こえない。
青年がいる前の、カウンター席に座る。
「ブレンドかな」
僕は首肯する。
青年がこぽこぽとコーヒーを挽く。優しいコーヒーの香りは、あの日と変わらず温かい色を作り出す。
僕は幼い頃から、コーヒーの香りが好きだった。温かく、包んでくれるこの香りは、いつも僕を安心させた。
ずっと死にたかった。過去形にしたいけど、本当は今だって死にたい。理由なんてない。探してみようとも思わない。街を歩いて、ふとした瞬間に道路に飛び出したくなる。飛び降りてしまいたくなる。
ここまで生きてきたのなんて、ただの運だ。最後にやる、二人きりのババ抜きみたいに選択して、今日までババを引かなかっただけだ。もしかしたら明日ババを引いてしまうかもしれないし、この先ずっと引かないかもしれない。
どちらにせよ僕は、選択していかなければならないのだろう。横並びの「生」と「死」を毎日見つめないといけないのだろう。
それはとても怖いことだった。一日で変われることなんて無いのに、明日も選択をしなければならないことが怖かった。
あの女の子はどうなのだろう。生きることに積極的には見えない。色のない僕と色のある女の子。似てないようで、実は似ているのかもしれない。あの女の子はどうしてあんなにも、生き続けているのだろう。何十年、何百年と「生」を引き続けたのだろうか。そうだとしたらこの先も「生」を引き続けてほしいと思う。あの女の子が死んでしまうのは、なんだか悲しい気がした。
コーヒーの香りがする。やっぱり、少し安心する。
「毎日、無理してこなくてもいいんだよ」
青年がカウンターに肘を付きながら微笑む。
この青年は、僕とあまり歳が変わらないように見えるのに、大人びた、優しい雰囲気をもっている。
「いいんです。他にお金の使いみちがないから」
コーヒーを啜る。いつもより少し甘い。
青年はそっか、と言うと、小さなチーズケーキを僕の前に置いた。
「君は少し、昔の僕に似ているんだよ。僕は引き止めることができなかったけど、君はもしかしたら引き止めることができるかもしれない。ほんの少しでいいんだよ。自分の思いを伝えてほしい。だからね、そのチーズケーキは僕からの応援だよ」
「どういうことですか」
青年が柔らかく微笑む。悲しみとか苦しみを、優しさで包んだような笑顔だ。
「きっと、わかるよ。だから今は、ゆっくり休みな。温かい布団で寝て、美味しいご飯を食べて、本を読んで、それで明日もここにおいで」
この青年はきっと僕と同じなのだろう。死にたくて死にたくて、仕方がないのだろう。それでも彼は、明日を夢見ていた。どんなに苦しくても死ねない理由があるのだろう。
チーズケーキにフォークを差し込む。しっとりとした感触が、手に伝わる。口に運び、ゆっくりと噛む。ほんのりと甘い、優しい優しい味がした。