表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

赤とチーズケーキ

 僕はそれから一週間に二回、女の子のいる神社に向かった。

 その神社は大きな紅葉の木があり、女の子はいつもその木の下にいた。


「ねえ、この紅葉、きれいだと思う」


「どうかな。僕にはわからない。でも、人を魅了する赤色だとは思う」


 その紅葉は、鮮やかすぎるほどの赤色をしていた。秋の風に揺れた紅葉は、ぞっとするほど美しかった。そしてその姿は、女の子によく似合っていた。女の子がいつも木の下にいるのは、それが理由かもしれない。


「私ね、この赤色、好きじゃないの」


「どうして」


 女の子がため息をつきながら、幹にもたれかかる。ほんの少し上を見上げたその横顔は、完璧なまでに整っているが、やはりどこか疲れている。


「だって血みたいじゃない。私が今まで人の命を奪って飲んだ、血に見えるもの」


 そう言って、女の子は目を瞑る。女の子が疲れて見えるのは、罪悪感が強いからかもしれない。人の命を奪ったその過去が、女の子の重しになってしまっているのかもしれない。


「そうかもしれないね」


 女の子が目だけをこちらによこしてくる。


「否定しないんだ。少し、残念」


「人とあまり、衝突したくないんだ」


「そう」


 女の子はまた目を瞑ってしまった。力が衰えているせいで、よく眠ってしまうらしい。今日はそろそろ、引き上げたほうがいいようだ。

 帰り際にぽつりと聞こえた「私は人じゃないよ」は聞かなかったことにした。







 女の子と出会って、ひとつの習慣ができた。女の子に教えてもらったあのカフェに行くことだ。

 重めのドアを押し、中にはいる。どうやら今日は客が一人もいないらしく、青年が食器を片付ける音しか聞こえない。

 青年がいる前の、カウンター席に座る。


「ブレンドかな」


 僕は首肯する。

 青年がこぽこぽとコーヒーを挽く。優しいコーヒーの香りは、あの日と変わらず温かい色を作り出す。


 僕は幼い頃から、コーヒーの香りが好きだった。温かく、包んでくれるこの香りは、いつも僕を安心させた。

 

 

 ずっと死にたかった。過去形にしたいけど、本当は今だって死にたい。理由なんてない。探してみようとも思わない。街を歩いて、ふとした瞬間に道路に飛び出したくなる。飛び降りてしまいたくなる。

 ここまで生きてきたのなんて、ただの運だ。最後にやる、二人きりのババ抜きみたいに選択して、今日までババを引かなかっただけだ。もしかしたら明日ババを引いてしまうかもしれないし、この先ずっと引かないかもしれない。

 どちらにせよ僕は、選択していかなければならないのだろう。横並びの「生」と「死」を毎日見つめないといけないのだろう。

それはとても怖いことだった。一日で変われることなんて無いのに、明日も選択をしなければならないことが怖かった。

 あの女の子はどうなのだろう。生きることに積極的には見えない。色のない僕と色のある女の子。似てないようで、実は似ているのかもしれない。あの女の子はどうしてあんなにも、生き続けているのだろう。何十年、何百年と「生」を引き続けたのだろうか。そうだとしたらこの先も「生」を引き続けてほしいと思う。あの女の子が死んでしまうのは、なんだか悲しい気がした。



 コーヒーの香りがする。やっぱり、少し安心する。


「毎日、無理してこなくてもいいんだよ」


 青年がカウンターに肘を付きながら微笑む。

 この青年は、僕とあまり歳が変わらないように見えるのに、大人びた、優しい雰囲気をもっている。


「いいんです。他にお金の使いみちがないから」


 コーヒーを啜る。いつもより少し甘い。


 青年はそっか、と言うと、小さなチーズケーキを僕の前に置いた。


「君は少し、昔の僕に似ているんだよ。僕は引き止めることができなかったけど、君はもしかしたら引き止めることができるかもしれない。ほんの少しでいいんだよ。自分の思いを伝えてほしい。だからね、そのチーズケーキは僕からの応援だよ」


「どういうことですか」


 青年が柔らかく微笑む。悲しみとか苦しみを、優しさで包んだような笑顔だ。


「きっと、わかるよ。だから今は、ゆっくり休みな。温かい布団で寝て、美味しいご飯を食べて、本を読んで、それで明日もここにおいで」


 この青年はきっと僕と同じなのだろう。死にたくて死にたくて、仕方がないのだろう。それでも彼は、明日を夢見ていた。どんなに苦しくても死ねない理由があるのだろう。

 チーズケーキにフォークを差し込む。しっとりとした感触が、手に伝わる。口に運び、ゆっくりと噛む。ほんのりと甘い、優しい優しい味がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ