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japanの自転車  作者: 真波(nisikawa)
序章
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プロローグ

 1955年、車と自転車と歩行者は一緒の道路を走っていた,が、その5年後、1960年、車を持っている人が「車協会」を作り、自転車を車道で走らせないという裁判を起こし、その結果、車協会側の言い分に認められ、車協会側が勝利。そして、国土交通大臣が車協会側の人間だったために国土交通大臣が自転車を車道で走らせないという法律を作ることを内閣府に提案し、国会で審議したところ、これもまた車協会派の国会議員が多かったためにその法律が作られた。そしてこの法律が道路交通法第131条になった。そして車協会は内閣府と国会の憲法改正のために内閣府の特別機関とされた。そのころ、自転車側も「自転車道路隊」が山梨県山梨市に発足。そして、道路交通法第131条をめぐって車協会(すなわち国家)と戦争をし山梨県山梨市を勝ち取った。そして山梨市の道路は右側2車線が車、他の2車線は自転車と歩行者になった。そこから15年後、1975年、今度は車協会が歩行者を歩かせないことで裁判を起こし、やはり車協会側が勝利。そして道路で歩行者を歩かせない法律が制定され、これを道路交通法第132条とした。そしてその法律に反発した大阪市が日本から独立、大阪国とされ、この大阪国は自転車道路隊と同盟をくみ、自転車道路隊が支配している土地を山梨国とした。そして自転車競技部のインターハイは道路交通法第131条によって毎年山梨国か大阪国で行われている。


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