第九十九話〜諸方江海〜
大興府は、やはり大きな都市である。長安にも似た羅城と区画を有するこの都市は、かつて聖武天皇に明確に敵対した者の居城と都を兼ねていた。主人の交代で都の地位を失って多少衰えはしたものの、治天京の三倍以上もの市域を誇る市域の活気は未だ健在である。ともすれば治天宮より大きい旧皇城はそのまま大興府庁舎へ転用され、大興帥居館と万が一に備えた里内裏設備を備えている。治天宮焼亡、或いは京に未曾有の天災があった際には首都機能移転が可能であり、この都市が将来廃されることはほぼ無いだろう。
元大興帥の阿倍仲麻呂子飼いの部下がその地位を継いでおり、今回の行幸隊を接待したのも彼である。都市全体を挙げて歓迎式典が催され、豪勢な料理の数々が供された。地域柄として冷たい食べ物は良しとされないようで、数多くの炒め物や揚げ物が重きを占めた。索餅や餺飥のようなものや、恐らく河口から態々運ばれてきただろう魚介の類が食材として多用され、その種類の豊富さは聖武天皇を実に喜ばせた。
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序でに、大河をずっと下った先にある震旦宮にも寄ることになった。聖武天皇が離宮として作らせた宮だが、現在はまだ使われることなく管理されている。宮内省下部として新設された外宮司が維持管理を担当しており、その日がいつ来ても良いように職務を遂行している。今回は急な立ち寄りだったので用意が出来ておらず、行宮は大興府が使われた。
次の目的地は、遥か西方の許昌府である。




