第九十六話〜名君主勝満、最後の閑話〜
……役目の終わり
「……しかし、本当によろしいのですか」
「どうせ貴方に振る仕事は残ってませんからね、久方ぶりに羽でも伸ばしてきなさい」
「烏にそれを言いますか……」
八咫烏は、既に休暇へ向かう格好をしていた。派手な筒袖を纏い、行李を抱えている。口だけは遠慮しているようだが、どうみても行く気満々である。
「それに、行くなと言っても全く聞かないでしょうに」
「えへへ」
「褒めてませんからね」
「そこまで言うなら、休暇に入るのも吝かではないですよ」
「上司を前に何様ですか」
騒々しく八咫烏が旅立っていくと、後には下界を覗くための鏡と天照大神だけが残された。実に静かなものである。
「……本当に、よく頑張りました」
……新都市検分
「さて、攻略したは良いのですが……」
陰陽尹は、風土記作成のついでに葛古の被害状況を調べていた。巨大霹靂砲による攻撃は、その齎した結末から分かるように絶大な効果を発揮した。だが、夜間のうちに全てが終わったので威力等は未確認であった。
『陰陽尹、状況はどうですか』
声の主は道真、今回の調査を依頼した張本人である。曰く「陛下にぼろぼろの都市を見せる訳には参りません」とのことである。
「…………やり過ぎましたね、これは。無傷の建物は旧王宮ぐらいのもので、他は大なり小なり損壊が見られます。いっそ造り替えたほうが良いんじゃないですかね」
『そこまでですか』
「市街地の三割が全壊、残る内の半数以上もなんとか原型を留めている程度です。元に戻すのは難しいかと」
『……予算繰りが面倒臭くなりそうですね』
「……なんか、ごめんなさい」
『いいんですよどうせ私の仕事ですしはっはっはっ』
「…………」
死んだ目をした道真の顔がまざまざと感じられ、珍しくしおらしい陰陽尹であった。
……成し遂げたぜ。
治天宮大極殿、朝政にて。
「……以上、新大陸各所より報告を奏しました」
「ご苦労であった、道真よ。…………これで、最後なのだな」
「ええ。これ以上の新天地は望めないので、最後で間違いはないでしょう」
「……長かったな」
「……ええ」
この世界に来てから数十年で、遂に地上全てが手中に収まった。羅城内しか統べていなかった頃に比べると、本当に感慨深いものである。
「……その内、全土を巡る大行幸をやりたいな」
「何言ってるんですか。陛下発案の離宮造営と勅願の神像建立で、そんな予算何処にもありませんよ」
「手厳しいな」
「私の目が黒いうちは、さしもの陛下でも大蔵の食い潰しはさせませんよ」
穏やかで平和な時が、そこに流れていた。
広徳四年皐月一日、治天紀元十九年のことであった。
さて、ここまでお読み頂いた方にはお分り頂けることと存じます。
ええ、そうです。次回から、本作は最後の帖を迎えることになります。どうぞ最後まで、本作にお付き合い下さいませ。




