第九十五話〜救出〜
……陰陽尹視点
敵王都葛古、その王宮にて。
「……やけにあっさり降伏しましたね」
かつて皇帝が座っていた座は主人を失い、今はただ一介の星見に使われるのみである。脇には兼実殿が侍し、正面には生き残った戦士達の筆頭数人が跪いていた。
「我等の王は、手ずから命を絶たれた。守るものが無い今、戦う必要も無くなったのだ」
「左様で。して、私の同胞は何処に」
「王命により、地下へ拘束していた。直ぐに帰そう」
数人が走って行って暫くすると、手を縄で縛られた兵が連れてこられた。腰同士も縄で繋がれており、鎖のようである。
「我等が捕虜としたのは四百ほどだ。貴殿に返還しよう」
彼等はその場で縄を解かれ、私の部下に案内されて転門へ向かった。この地で休ませるのも良いが、違う気候で過ごすというのは想像以上に消耗するものである。ましてお世辞にも良いと言えない環境下での拘束ともなれば、それは尚更のことと言える。
その中の一人に、見知った顔がいた。
「押領使殿! ご無事でしたか」
「おお、陰陽尹殿か。捕虜にされたことを無事と言えるなら、そうなんだろうな」
「生きているだけましでしょう。新しい服を持ってこさせてますから、それ着て家でお休みなさい」
「そうさせてもらおう」
このやり取りも、実に懐かしい。押領使が囚われてからそこまで時間は経ってないが、軽口を叩ける相手というのは重要である。主に精神衛生上の理由で。
「さて、兼実殿。戦後処理はどうしましょうか。今までは全部道真殿に投げていたような気がしますが」
「ならば、今回もそれで良いのではないか」
「では、そう連絡しておきましょう」
……道真視点
治天京、治天宮清涼殿。
「……以上、陰陽尹殿から連絡がありました。何故私がいつも処理しなければならんのですか」
「卿が純粋な文官だからであろうな。実に内政向きだ」
「そんな、陛下まで……」
確かに私は、押領使殿や兼実殿のような武人然とした人間ではないし、陰陽尹殿みたいな技術者でもない。だがしかし、この扱いはあまりにもあんまりではなかろうか。
「なに、冗談だ。しかし、押領使が無事に帰ってきて何よりだ。奴は今何処にいるか」
「転門を通じて、すでに帰したそうです。恐らく、自宅で休んでいるかと」
「そうか。押領使は、数日は参内させずに休ませよ。話はその後に聞く」
私が奏しようと思っていたことを、陛下御自ら命ぜられた。手間が少しだけ省けるのでありがたい。
必要な指示を出すために御前を離れ、後処理を進めることにする。きっと、この仕事をやるのはこれが最後だろう。




