第八十七話〜唯一の王たる海の泡〜
……皇帝視点
そこは全く白い、或いは何も無い空間であった。
冥界にいるはずの死神の姿も見えず、まるで死んでなどいないようである。
「残念だが、お前は死んだ」
突然の声に振り返ると、其処には眩く輝く何かがいた。
「全く、態々私の名を冠しておきながら何たる体たらくか。息子共々国を放ったらかし、剰え異民族の侵入を許すなど……」
悲しいかな、事実である。目の前の存在が言っているのは恐らく私への非難であり、客観的に見ればそう評価されるのだろう。私にも心当たりがある以上真と言わざるを得ず、ひいてはその少し手前の発言も真実であるはずだ。ならば……
「ああ、お前が考えている通り、私は創造神である。お前にある通達をする為に、死んだお前をここに呼んだ」
やはり、我等の神話における最高神、ビラコチャ神であった。だが、伝えることとは何なのか。
「お前は、私の名に泥を塗った。よって創造神としての権能を以てお前を蘇らせ、別の世界へ送る。名に恥じぬ働きをせよ」
傍迷惑な話とも思ったが、改めて考えれば全て自分の成した結果である。それにビラコチャ神がお怒りであるなら、抵抗しても不利益を被るだけである。従う他に無い。
「ふむ、存外大人しくて結構。ここで駄々をこねられたらどうしようかと考えていたが、要らぬ心配だったな。さあ、新天地で最善を尽くせ……」
ビラコチャ神が手を一振りすると、急に私の意識が遠のいてきた。
これはつまり、ビラコチャ神への償いの人生を与えられたのだ。どんなに面倒だと思っても、完遂せねば未来は無いのだろう。
そんなことが頭を巡る中、そのまま意識を手放した。




