第八十六話〜聖武さんちの今日の閑話〜
……最後の仕事
「八咫烏、定例の報告を」
「はい。仰せ通り、文明神に伝えました。太陽も兼任しているとかで、直視出来ない眩しさでありました」
「連絡は円滑に終わったのですね。……これで、最後ですか」
「そうなりますね。そろそろ私も、休暇が欲しいです」
「貴方、予定の半分も働いていないでしょうに。まあ、この後は私しか出来ない仕事しか残ってませんが。休暇の件は考えておきましょう」
「有難う御座います。……あの帝の旅も、間も無く終わりますね」
「…………感慨深いものです。天寿を全うするまで、ここで見守ることとしましょう」
……辻褄合わせ
その日、聖武天皇の御前は悪い意味で賑やかであった。
「結局東西が繋がった理由はどうなのだ」
「あくまでも仮説ですが、この大地は恐らく円筒型か球型であると考えられます」
「だったら我等は何故この地に立っていられるんだ!」
「まだ仮説だって言ったでしょう!」
発端は、陰陽尹率いる遣西使節と、東洋道から東に旅立った商人の邂逅である。東西にそれぞれ向かったら、普通は延々と離れていくものであるのに、何故か出会ってしまったのだ。大地を平らだと考えていた朝廷にとって(寧ろ平らでないと考えている人間は殆どいないが)、これは大きな衝撃であった。これを解決するため、急遽御前での仮説報告が行われることとなった。仮説を立てたのは天文博士、暦博士、算博士やその他有識者の連合である。採用判定は左右大臣と大納言以下参議、そして勿論聖武天皇自身である。
「どう見ても平面の大地が曲がっているなど、認められるものか!」
「現に出会ってしまった以上はそう考えねばなりません! いいですか、当該の商人は東洋道以西への寄港記録がなく、ほぼ間違いなく東へ真っ直ぐ向かっています。一方の陰陽尹様は西陸道から西へ向かわれ、そこで発見された新大陸で活動していました。都から西陸道へ向かわれたことは確認済みであり、東に向かっていないことは明白です。にも関わらず出会ったのは、大地をくるりと一周したからとしか考えられません」
「陰陽台から一つ。各国府に併設する形で陰陽台管理の天文観測所を置いていますが、もし大地が円筒であるなら東西で、球なら南北でも昼夜のずれがあるはずです。それを計測してはどうでしょうか」
大納言と天文博士が言い争う中、陰陽尹の代理として参加していた陰陽大弼が口を挟んだ。全国に実際に手を伸ばしている陰陽台からの意見とあっては、さしもの大納言でも口を噤まざるを得ない。
「さて、御両人、異見は御座いませんか。宜しければ陛下に奏しますが」
「……こちらは別に、問題ありません」
「……反論出来る術もないしな」
「では。……陛下、以上を聞きあそばされていたと存じますが、如何なさいますか」
「ふむ。朕が思うに、実際に調べることは必要だろう。陰陽台は計測結果を纏めよ」
こうして大地の形を確かめるための方法が策定され、即実行に移された。もし大地が平面でないなら、裏にあっても人や物が落ちない理由を新たに考えなければならない。
後日、聖武天皇は大学寮の下部組織として「観地院」を設置する旨を宣下した。
……陰陽尹の異文化交流
中央での喧々諤々な議論をよそに、陰陽尹は新たに統合した大陸(道名未決定)を視察していた。勿論、風土記の編纂のためである。
「ふむ。麦がないわけでもないのですが、基本はこの奇妙な穀物ですかねぇ」
目の前に広がっているのは、その奇妙な穀物を栽培する畑である。目算でも数町はあろうかと言う畑に、高さ七尺七寸(約二米)程の緑が立ち並んでいる。低木の類と違い、枝などは確認出来ない。
「見れば見るほど不思議ですねぇ。……もし、そこな百姓。これは如何にして食べるのですか」
「ああ、お役人様。こいつはですね、先っぽのこれを剥いて食うのです」
近くを歩いていた農民に食べ方を聞くと、彼は緑の先にある紡錘形の部分をもぎ取り、表面の皮を剥いてくれた。
「粒が詰まってますね。これを直接食べるのですか」
「まさか。こいつ自身が硬くて、直ではとても食えたもんじゃ御座いません。石灰入りの水で茹でて、それを丸く薄く潰して伸ばすのです。それを焼けば、我等の主食が出来上がります」
「成る程。……一つ頂けたりは?」
「御所望なら構いませんが、口に合いますかどうか」
いつも通り、食い意地の張っている陰陽尹であった。
お久しぶりです。次回から新しい帖へ入ります。
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