第八十五話〜入城〜
……陰陽尹視点
実のところ、効果を示すかどうかは分からなかった。完全に賭けである。市街地が静寂を取り戻したのを見ると、賭けには勝ったようである。
暫くすると斗比留珍ともう一人、黙手須万とか言った都市長が戻って来た。
「使節殿、いえ、使節様。まさか神が御自ら醜い戦を止めなさるとは……」
「ああ、いえ、私は神の使いでしかありません。あのお方は数日もすれば参られますから、貴方方は戦後処理を急いでください」
「しかと承りました。モクテスマ、行くぞ」
目的通り、彼等は私達を神と同一視してくれたようだ。王座がちょうど空いていたので座っておく。
「……陰陽師とは法螺も吹けるのだな」
「やだなぁ、人聞きの悪い。陛下は現御神にあらせられますから、その使いたる私達も神の使いですよ」
「それはさておき、効果は覿面じゃないか。体力を損ねるとは言え、何故やらなかった」
当然の疑問である。いくら数日動けなくなるような大技でも、無条件で勝利に持ち込めるなら損得で見てもやるべきである。
「あれやっちゃうと、陛下の権威の源が狂うんですよねぇ。今でこそ神孫としての権威ですが、ここでのあの芝居は、確実に彼等の神話観を肯定し補強してしまいます。つまりここの彼等から見た陛下は『我等の神の化身』になってしまうのですよ。経文神道を敷いてきた我々としては、戦後統治に支障が出かねません」
「そこはまあ、こちら側が大きく譲らねばなるまい。その説明に従えば、ここで彼等の神話を否定しては徳化の正当性も失われよう」
「そういうことです。だからこれは最終手段だったんですけどねぇ。まあ過ぎたことは仕方ありません。この宮域の何処かに転門作って行幸を奏しましょう」
…………
その後の動きは早かった。
程よい広さの中庭に転門を敷いて都へ戻り、新大陸における事の顛末を奏上した。陰陽尹のとった行動に関しては咎めは無く、経文神道の多神教的性格を役立てる方針となった。
聖武天皇は千を超える随伴を連れて津蘭へ入城し、斗比留珍から正式に王権を譲り受けた。これによって聖武天皇は彼等の信ずる神としてこの地に君臨し、彼等の信ずる威光を注ぐことになった。
斗比留珍や黙手須万は郡司として組み入れ、実質的な統治を任せることとした。国司こそ中央からの派遣であるが、二人の持つ地元との信頼は貴重である。
津蘭以北の諸都市は恭順したが、それ以外にも遊牧的な生活を営む部族が無数に存在した。幸いにも敵対的ではないので、時間を掛けて徳化を進める方針だ。
統治とは少し関係が無くなるが、西海岸の方で東洋道の商人と出会った。話を聞くと彼は東洋道から直接渡海しており、これによって図らずも全土の一周が成された。この事実は朝廷の諸博士を以てしても説明がつかず、仮説を立てる為に博士は連日議論を重ねることになったという。
広徳三年水無月廿日、徳化がさらに進展した。




