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第八十四話〜再演〜

 ……貴族視点


 流石は陛下直属の近衛、一筋縄では陛下の御前へ通してはくれないらしい。


「怯むな、数的有利は此方にある! 押し潰せ!」


「なんの! 陛下には指一本触れさせぬ!」


 向こうを一人倒す間に、此方は何人も戦闘不能に陥る。矢を射かけても盾で防がれ、勇んで斬り込んでも逆に骨を断たれる始末だ。百戦錬磨常勝不敗、精鋭の中の精鋭はやはり伊達ではない。だが……


「数は力だ! 相手に休む間を与えるな!」


 相手も、結局は人間である。休みもせずに戦い通しであれば、遠くないうちに疲弊して自ずと瓦解する。此方はかなり数を減らしたが、それでもまだ二万以上の戦士が残っている。対して向こうは二百もいない。さしもの精鋭とても、十人二十人で一人を相手すれば必ずや勝利出来よう。況んや百人相手をや、である。

 そうして長期戦術に持ち込もうとした矢先、相手方がざわつき始めた。


「これはどうした事か。誰か報告せよ」


「モクテスマ様、後方の月をご覧下さい!」


 確かに、我々は月を背景に戦っていたが……


「……なんだ、これは……」


 ……葦王視点


「……これは、私の目が、狂っているのか」


「陛下、皆が見ています。これは真実です」


 信じ難い光景が上空に広がっている。黒曜石よりも黒い夜の闇、それを照らす大きな月が、二つに分かれている(・・・・・・・・・)

 そう思った瞬間、二つの月が眩く輝きだした。その様はまるで太陽が二つに増えたかのようで……


「二つの太陽……まさか」


 神話によれば、今の太陽は五代目である。四代目の太陽の時代が滅んだ際、新たな太陽として名乗り出た神が沢山の傷(Nanauatzin)巻貝の(Tecciz)場所(tecatl)だった。前者は直ぐに、後者は数回躊躇った末に火中投身の儀式を経て太陽になったが、二つの太陽では眩しすぎるので後者にウサギを投げつけた。ウサギの衝突によって巻貝の場所は月となり、ウサギの模様が入った。

 上空の二つの太陽は、もしかするとこれを再現しようとしているのではないか。


「……分かったところでどうしようもないか……」


 最早戦闘は中断され、戦士達はおろか避難していたはずの民さえもが皆空を見上げていた。


「陛下、王宮から人が出てきます」


「馬鹿を言うな、王宮には誰もいないはず……」


 使節殿はもう逃げおおせたはずである。もしそうでなければ、考えていたよりも愚かな人間だったか、或いは……


「陛下、人影は間違いなく使節殿です。たった今確認が取れました」


「なんと……」


 背後にある王宮に振り返ってみれば、確かに見慣れない格好の見慣れた使節が立っていた。手に持っているのは……


「ウサギを手に持っている……まさか、そんな馬鹿な……」


 使節殿は思いっきり振りかぶり、そのウサギを月へ向かって投げた。

 投げられたウサギは直ぐに火の玉同然の状態となり、真っ直ぐ進んでいく。その先にいるのは勿論月である。


 片方にウサギが当たり、くっきりとその模様が刻み込まれた。ウサギの当たらなかった方が太陽であり、夜を邪魔しないためか、するすると地平へ沈んでいった。


「……使節殿、いや、使節様は神でいらっしゃったか……」


 もう戦いどころではない。体の芯にまで根付いた神話が目の前で再演されたのだ。モクテスマの顔は、ここから見てもわかるほど青ざめている。戦士達もあるものは恐れあるものは慄き、使い物にならない。


「……モクテスマ、もう良いだろう。戦士達を撤収させよ」


「…………仰せのままに」


 既に彼はその聡明な頭脳を働かせることが出来ず、半ば放心状態のようである。素直に撤収命令に従ってくれた。


「私に従う戦士達よ、我等も帰ろうぞ」


 賛同の声も異論も聞こえないまま、王宮へ戻ることにした。

 先までの戦から一転、平和な夜が再び訪れた。

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