第八十話〜謁見〜
……陰陽尹視点
都市長殿の部下に呼ばれ、再び王座の前にやって来た。暫くすると例の長殿が入って来て、大分機嫌斜めな様子で荒々しく座に着いた。
「昨夜、陛下から御達しがあった。貴殿らを王都にお連れする」
「成る程、御気色斜めはそう言ったわけで御座いましたか。よっぽど我等を国王陛下に会わせたくないとお見受けしますが、外国使節への態度としては些か礼を失するかと存じます」
「陛下が会わせよと仰せなら、従う他あるまい。貴殿とて似たようなものだろうに」
「素晴らしい忠君精神ですな。私なんて足元にも及びませんで……」
「ぬかせ。王都までは、私が直々に案内する。途中で気を変えられては困るからな」
一通りの会話と打ち合わせの後、御輿に乗って市を出て王都に向かう。沿道の住民には、ともすれば昨日以上の箝口令が敷かれているようである。
「やはり、私達外国使節への好印象を、民に与えたくないと見えます。長殿、何か苦い思い出でも……」
「教える必要は無い」
「……ですよねぇ」
民の目を塞ぐ理由を聞いても、この上なく冷たい返事をされてしまった。まあ自身の弱いところなぞ好き好んで話す奴もいないだろうし、ある意味当然と言える。
…………
市を出てずっと歩いていると──私は御輿に揺られていただけだが──前方から別の集団が見えた。ここから見える限りでは、恐らく長殿と同じ文化圏の人間だろう。
「モクテスマ様。陛下の御達しで、此処からは我等が護衛を担当致します。閣下におかれては、都市へお戻り下さい」
「…………護衛を引き継ぐ。さっさと行け」
聞こえた限りではそう言っていた。大方王都から別の兵団がやって来て、長殿は良く思わずとも従わざるを得ない……と言ったところか。もし彼が八つ当たりするような人物だったら、今日は一日中大荒れだろう。
「使節団長殿、お待たせ致しました。此処よりは我等が護衛致します」
御簾を下ろしているので良く見えないが、身体的特徴は恐らく長殿と近いだろう。尤も、彼に比べれば大分柔らかな物腰だが。
「宜しくお願いしますね」
「はい、お任せ下さい!」
元気で何よりである。
…………
護衛隊が変わって一辰刻(二時間)程で、王都と思われる都市へ辿り着いた。にしても……
「凄い賑わいですねぇ。民が皆出迎えてくれていますよ」
「そうでしょう、そうでしょう! なにせこのトゥランに、海の外から人が来るなんて初めてですから!」
「成る程、この津蘭なる都市は国内の民だけでこれだけの繁栄を遂げているのですね。して、人口はどれくらいでしょうか」
「さあ、数えたこともないので。多分、十万は……いってるかな、どうかな……」
「十万となると、治天京とそう変わりませんな、押領使殿」
「うむ、街全体も清潔であるし、何より民の顔が生き生きとしている。君子とも言うべき者による善政が敷かれているのは、確実だと言えるだろう」
「さあ皆様、間も無く王宮です。降りる御準備をお願いします」
都市の中心部に位置する王宮は、先の都市と変わらない様式で建設されている。しかしその規模は桁外れで、治天宮程とまではいかないものの、道府よりも大きいように見える。
中の装飾も実に壮麗で、これだけの壁画芸術は我が国にも存在しないだろう。部屋数も膨大で、案内がいなければ恐らく脱出は出来まい。
「使節団一行御到着ー! ささ、そのまま陛下の御前までお進み下さい」
ずっと正面に見える人物が、きっと国王とやらなのだろう。なのだろうが……
「……御前まで軽く百廿歩(約二百十四米)あると思うんですがそれは……」
大極殿南庭と高御座の間でもそこまでは開いてない。どこまで広いんだ此処。
愚痴っていても仕方ないので、ひたすらに歩いていく。此処までの移動が殆ど御輿だったので、この距離でも辛い。普段から体を動かすべきだった。
「ふぅ……ふぅ……使節、団長……安倍、陰陽尹、晴明、罷り越して……」
全く、息も絶え絶えである。虫でももうちょっと息はあるだろう。
「ああ、挨拶は良いからまずは息を整えよ」
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ…………ふぅ、落ち着きました。お見苦しいところをお見せしました。改めまして、使節団長の安倍陰陽尹晴明と申します。陛下におかれましては、本日もご機嫌麗しゅうあらせられまして、結構なことと存じます」
「うむ。雲の蛇の子、トゥランとトルテカ民族の王、一の葦の年に生まれし我等の王子である。使節殿、よくぞ此処まで参られた」




