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第八話〜ゆうべはおたのしみでしたね〜

 差し込んで来た光で目を覚ました。普段はもっと光が強く入ってくるのだが、見渡してみると衝立が入り口の所に置かれ、外の視界を遮っていた。

 衝立を退かそうとすると、少し肌寒い。見れば、自分の単衣は広げられて下敷きにされており、隣には壱与が可愛い寝息を立ててぐっすりと寝ているではないか。聖武天皇は昨夜の出来事を思い出し、若干の恥ずかしさを感じながら新しい単衣を出して着る事にした。


「陛下、お目覚めですか」

「ああ、今起きた。もう朝餉か」


 この声は道真であろうか。


「はい、朝餉の支度は既に出来ておりますが、別の場所にしましょうか」

「うむ、そうしてくれると助かる」

「ではその様に」


 道真にはこの事が分かっていたのだろうか。ともすれば、全員が知っている事であろうか。だとしたら中々に恥ずかしい。

 取り敢えず壱与には衾を掛けることにして、朝餉を摂りに向かった。


 …………


「よし、今日は召喚術を行うぞ」

「……どうも疲れが取れないようで、陛下があの後に召喚術を行うなどと聞こえました。聞き間違いかも知れませぬ故、もう一度お願いします」

「今日は召喚術を行う」

「お疲れなのは陛下の方でしたか」


 確かに事前に何の相談もせずに発想したのは不味かろうが、ここまで言われるとは思わなんだと少し傷付いた聖武天皇。しかし彼はめげない。


「今後も所領は増えるだろうし、増やすつもりでいる。臨時で国司に置ける人材が欲しい」

「我々が居るではないですか、陛下」

「卿等は今の仕事で手一杯。その上に国司なぞ任せたら使役魔でも過労死しようて」

「お気遣い有難く存じます。では、誰を召喚なさるのですか」

「統治経験が有れば誰でも良いんだがな。なるだけ真面目で有能な者が良かろう」

「まあ、王道ですね」


 そりゃそうだ。変な奴を召喚する訳が無かろうに此奴は何を言っているんだ。そこまで考えたところで、一つの疑問が浮かんだので道真に聞く。


「ところで、例の姫巫女から卿と同じ雰囲気を僅かに感じた。心当たりは無いかね」

「ああ、それは恐らく擬似召喚と呼ばれる者でしょう。通常は私のように直接召喚するのですが、召喚者の力量不足や対象の不安定さを補う目的で、対象に近い性格の者を器として召喚するのです」

「器にされた者はどうなる」

「大抵の場合はその者の精神は奥に押し込まれ、使役魔の精神が主体となります。通常の使役魔に比べて能力は劣ります。また、何らかの条件で召喚が解けることもあるようです。昨夜、貴族連中が寄り合って紋様の描かれた首飾りを一斉に砕いていたので彼女の召喚が解けたのでしょう。陛下が感じたのはその残り香かと」

「彼女の占術はその使役魔に依るものかね」

「可能性は否定出来ません」


 そうか。ならば、今は只の皇后であるのか。


「それよりも陛下、国司を召喚するよりも既存の体制を利用した方が良いと思われます」

「何故か」

「皇后となられた姫巫女殿を君主として陛下が冊封すれば良いのです。左すれば現地に於ける姫巫女殿への感情を以て容易な統治が出来るかと」


 冊封か。確かにそれも考えた。既存の政権基盤を利用するのは占領政策の常套手段とも言えよう。言えるだろうが……


「いや、彼の国に対し朕は冊封せぬ」

「何故に御座いましょうか」

「朕が冊封を受けた姫巫女を見た民衆は何と考えるだろうか。恐らく、心の拠り所であった筈の姫巫女が相手側に寝返り、自分達を裏切ったと取る者も居るだろう。彼等が行動的であったら、姫巫女の安全が保証出来ぬ」

「成る程、よく理解しました。では、この後に召喚術を執り行う事としましょう。場所は大極殿前で宜しいでしょうか」

「構わぬ。そろそろ姫巫女も起きてこよう。何か軽く食べさせてやってくれ」

「仰せのままに」


 こうして、新たに一人を召喚し、国司として派遣する事が決まった。聖武天皇は準備の為、浄衣に召し替える用意を始めた。


 …………


 大極殿前広場には既に魔法陣が張られていた。道真は書記官として筆と紙を携え、兵部卿は警備を固めている。壱与と共に移って来た貴族達は遠巻きにそれを眺め、壱与本人は寝惚け眼で近くにいる。


「あの……首様、何をなさるのですか」

「うむ、今から執り行うのは召喚術と呼ばれる代物だ。其処な兵部卿や道真、陰陽頭なんかもこれで呼び出している」

「召喚術……これが……」


 壱与はさも感動したかの様に目を煌めかせて居るが、自身の事を分かって居るのだろうか。


「確か、壱与も召喚の器になったと聞いているのだが……」

「器ですか……? 確かに他の誰かが自分の中に居た気がします」


 壱与はそう言って貴族の方に顔を向けると、彼等は皆一様にばつの悪そうな顔をしている。本人には黙っていたとでも言うのだろうか。


「まあ、そう言う訳だから少し離れていて欲しい」

「……分かりました」


 壱与はそう言うと貴族の方へと歩いて行き、彼等に色々と聞いている。あれは一悶着起こりそうではあるが、今は置いておこう。


「では、召喚術を執り行う。道真はその悉くを記録して置くように」

「承りました」


 準備は整った。壱与も話を中断して此方を見ている。そろそろ始めよう。


「現界の時来たれり。其は国家の礎を築き、民草に寄り添い、後世の模範足らしめた者。朕が勅命に応じ、此処に顕現せよ!」


 魔法陣に光が溢れ、一つの形を創り上げていく。しかし今回は光の色が違う。普段は日光が如き白色だが、これは透き通る様な青色である。果たして何が起きるのだろうか。

 次第にその青光は姿を詳らかにした。その者は直衣の様な服を纏い、唐風の冠を被っていた。今までに無い威厳を感じる事から、恐らくやんごとなき身分であろう。


「朕が召喚に応じてくれた事を感謝する。是非貴殿の名を教えて欲しい」


 彼は聖武天皇に気付くと正対し、堂々と名乗りを上げた。


「我こそは琉球國の国王、歴代の内九代目の尚真(ショウシン)であります。貴殿も非常に高貴なお方とお見えしますが、御名をお教え願いたい」

「うむ。朕は初代神武より数えること四十五代、諱を首と言う。好きに呼んで欲しい」

「では、陛下。何故にこの私を召したのでしょう」


 早速自分の仕事を聞くとは、やはり王の器たる人物なのだろうか。


「貴殿には、朕が配下に収めた国の統治をして欲しい」

「承りました。諸々の準備があるでしょうから、来たるべき時が来たらお知らせ下さい。それまではその辺りで休んでおりましょう」


 尚真はそう言うと、見た事も無い形の形代をその懐から取り出してこれ又聞き覚えのない呪文を唱えた。すると形代は瞬く間に唐風の装束を纏う楽師に変化し、大和とも唐とも言えない独特の音楽を奏で始めた。聞いたことはないが、耳には非常に心地良い音楽であり、聖武天皇は心が安らぐ気がした。


「良い音楽だ。名を何と言うのか」

「我々は御座楽(うざがく)と呼んでおります」


 単語もやはり独特なものである。もっと話を聞けば面白そうであるが、そうも行かないのがこの世の中であると思う。


「首様、爺やから話を聞いてきました。そしてその件で首様と話がしたいと言伝を預かっています」

「そうか、分かった。話を聞いてこよう」


 壱与と貴族の間で話がついた様である。擬似召喚の事を伏せていた事実に関しても話合わねば気が済まない。彼は貴族の方へと歩を進めて行った。


 …………


 貴族達は様々な顔で聖武天皇を待っていた。ある者は恨めしそうな顔で、又ある者は苦虫を噛み潰したような顔で。話を切り出したのは太政大臣格の老翁である。


「陛下。姫巫女様……壱与様の擬似召喚に関しての話が有ります。どうかお聞き頂けますか」

「ああ、聞こう。娶った者として、知らねばなるまい」


 聖武天皇の返事を聞いた老翁は、静かに語り始めた。

 曰く、彼女に擬似召喚を施したのは数年前の事であり、それは彼女の占力増強の為であった。彼女自身は大変な苦痛を伴うも、その衝撃による関連する記憶の忘却と引き換えで成功した。

 降ろされた人物は古代大和の巫女である卑弥呼の宗女とされる壹與(イヨ)である。資料に余り残らない様な古代人物を引っ張り出す都合上、貴族全員の精神力を注ぎ込んで魔法陣を埋め込んだ首飾りで何とか維持していたのだと言う。抑も、元々の性格が壹與と壱与で真逆であったが故に親和性は低く、水と油の如き様相を呈していたのが、今回の聖武天皇との婚約で壹與側が愛想を尽かし帰って行ったのだと言う。その為、今の内気な性格こそが本来の壱与であり、姫巫女時代の性格は使役魔側の物である。


「……此処まで話した内容を壱与様はご存知ではありませんでした。記憶喪失を受けて我々が情報を隠匿したのですから知られては台無しです。しかし、陛下がそれに関連する事を教えたが故に、我々は彼女に以上の事を包み隠さず話しました」

「そうか、それは悪い事をした……朕を、恨んでいるか」

「誰が陛下を恨むものですか。この話を聞いた壱与様は『私の為を思っていたのなら、咎める由は有りません』と仰せられていました。ああ、一体どれだけ我々の心が軽くなった事か! 寧ろ陛下には感謝の念に絶えませぬ」

「……そうか、そう言ってくれると朕も安らぐと言うもの。卿等の扱いは後日通達するが、無碍に扱うことはしないから安心して欲しい。それと、貴国の反乱兵千五百を捕虜として拘留している。場所は兵部卿に案内して貰い、彼等の処罰を決定して報告するように」

「承りました」


 老翁がそう返事をすると、貴族達は皆揃って兵部卿の所へと歩いて行った。聖武天皇も、召喚術で消耗した体を休める為に内裏へと戻って行った。


 …………


 浄衣から一度単衣に召し替え、昼餉を摂る。今度は壱与も一緒だ。


「首様!此方も美味しゅう御座います!」


 可愛い。この小動物的な愛らしさはこの世界に二つとないだろう。もし結晶として形を持ったならば国家の至宝として勅封するのに。そんな事を悶々と考えつつ、時々壱与に食べさせて貰いながら完食した。

 昼餉の後に束帯へと召し替えるが、今日は外に出る予定は無い。しかし明日にはやりたい事もあるので、女官に文を持たせて道真に言伝を頼んだ。内容は文書の起草である。

 さて、手持ち無沙汰になった彼は、ふと思い出して件の人物図鑑を見る事にした。陰陽頭の次の頁に尚真の記述を確認した。


名前……尚真

種族……人(埋葬後神格化)

官位……なし、琉球國国王

概要……寛正六年から大永七年の人物であり、大和ではない別の国家たる琉球王国の国王である。十二歳で国王に即位し、在位は五十年間。中央集権を確立し、琉球王国最大版図を実現し、全盛期を作り上げた名君。明の冊封を受けており、皮弁冠を授けられている。父親の尚円王を移葬する王墓として玉陵(たまうどぅん)を創建している。死後は彼自身も祀られ、於義也嘉茂慧(オギヤカモイ)と言う神号が送られた。


 高貴な者だと薄々感じていた聖武天皇だが、まさか国王だとは思わなかった。精神力も普段以上持っていかれた気もしており、相手の身分と年代とに関係すると考えている。恐らく年代的にはこの辺りが限界であろう。

 結局、この後は何をするでも無く、道真の起草文を確認したりしつつ過ごし、壱与と共に夕餉を摂って彼女を寝室へと送り届けた。そして自分も就寝するに至ったのである。

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