第七十八話〜王の責務と来訪者〜
……蛇 葦王視点
「……包囲を突破した、とな」
「はい。報告によれば使節を名乗る集団が出てきたので、一部の兵を案内兼監視に付けていると」
「此処へ案内しているのか」
「いえ、先ずは近くの都市に案内するとのことです。確かあそこには勇気ある貴族殿がいたはずですが……」
「ああ、確かにそんな奴を置いていたな。暫くは彼に対応を任せても良かろう」
「では、当人に伝えてまいります」
部下は再び走り去って行き、部屋に静寂が訪れた。柱の間から見える神殿や天文台に目を向ければ、神官などが忙しなく働くのが見える。此処からは見えないが、市街地でも民草が何不自由なく暮らしていることだろう。
私は、この安寧を守らねばならない。生前は果たしきれなかった王としての役割を、今度はその死に際まで果たさねばならない。この部屋の静寂と外の活気は、子々孫々に至るまで伝えまた継がなくてはならない。
……陰陽尹視点
「意外とあっさり通してくれましたねぇ。一時はどうなるかと思いましたが」
「監視は付いてるがな。まあ通れるだけありがたいか」
例の植民市を包囲する敵に「使節として貴国の王に会いたいから通してくれ」と要求する作戦、割と簡単に成功した。向こうは概算二千人、此方は大体三百人。流石に駄目かと思ったが、五十人程度の監視兼案内を付けることを条件に通してくれた。どうせ王都までの道なんて知らないので付けるしかないのだが。
…………
暫く歩いていると──厳密には私は輿に乗っているのだが──正面の方から身軽そうな男が走ってきた。恐らくは目的地の都市とやらの方から発した伝令か何かだろう、隊正級の兵に何かを伝えると、同じ方向へ去っていった。
「使節団長殿。モクテスマ様より伝達事項があります。『市域に入るにあたり、随伴の兵は十人を残し他は皆外で待機させよ』と。また、従って頂けない場合は入市と王への謁見も拒否すると」
「…………仕方ありませんね。着くまでの間に抽出しておきましょう」
やはり相手も抜かりないように思われる。大人数で市に入れば、住民への印象は正方向或いは威圧的に見られる。一方十人ちょっとを五十人で囲めば、住民は取るに足らない奴等だと考えるだろう。それに、不審な動きがあれば直ぐに処理出来ることも大きい。
「……にしても、仮にも他国からの使節を五倍の兵で囲みますかね」
「我々と考えが違うのやもしれん。風土記を作ってきたなら分かるだろう」
「それはそうなんですが……」
どうも何かが引っかかる。此方は私と押領使を含めても僅か十二人で入市するのだ、警戒して囲うにしても廿もいれば十分だろう。五十もいると我々が住民から隠され、却って物々しい雰囲気さえも与えかねない。
「……我々を見せたくない、ということでしょうか……」
確証もない発想は、誰にも拾われずに荒野へ吸い込まれた。




