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第七十二話〜和解と誓約〜

 ……聖武天皇視点


「口を噤め小娘! 此処は陛下の御前で……」


「構わぬ。其処な娘、名乗れ」


 割って入った娘を抑えようとする衛士に対し、それを押しとどめる。


「其処なるファラオの娘が一人、神の中で(Nefernefer)最も美しき(uamen)(Tasherit)と申します。どうか暫し、お父様とお話しする御時間を頂きたく存じます」


「ふむ、良かろう」


「有難く存じます」と礼もそこそこに、王女を名乗る娘は父親の所へ駆けて行った。


 ……神王視点


「お父様、私が家出したのは本当のことです。決して彼等に連れ去られた訳では、断じて御座いません」


「…………他ならぬ愛娘の言だ、その事に免じて自ら家出した旨は信じよう。だが、何故そんなことをした。何がお前の気に障ったのだ」


「お父様は、本当に私に良くして下さいました。美しい名をお付け頂き、私が望んだものも何でも与えて下さり、あまりある愛情も注いで下さいました。お父様は、ある一点を除いて、素晴らしく理想的な父親でありました」


「ある、一点……」


「……お父様が私を見るときの目は、明らかに私を見ておりませんでした。お姉様達を見るときも、お母様を見るときも、その目は何処か遠くの別の誰かを見ているようでした。……私は、お父様の此処までの歩みを知りません。ですが、あの目はきっと、お父様の今までの人生で出会った別人を重ねているのです。私達の知らない誰かを思い起こし、その誰かに私達を重ねて、もしかしたらこの名前もその誰かと同じ名前なのでしょう。私には、それはとても耐え難いものでした。様々なものを与えて下さる父上は、私ではなく()()()()()()に愛情を注いでおられるのですから。だから私は出奔しました」


「…………」


 全く、我が娘はなんと賢いのだろう。高い観察能力と考察力、鋭い直感があればこんなことまでお見通しとは。

 この子が示した通り、私は恐らく、妻や娘達に別の者を見ていた。彼女らに付けた名前は、皆生前の妻子の名前だった。私が見ていたのは、彼女ら自身ではなく生前の妻子だったのだ。そんなことにも気付かず、私は彼女をここまで追い詰めてしまったのだ。


「……そして出奔先で、あのお方──東宮殿下と出会いました。あの方は、純粋な私自身を見て下さいました。お父様は私でない私を見、宰相様や他の役人達は王女としての私の立場しか見ていないのに。だから、私はあの方に惹かれました。そして幸運なことに、あの方も私を見初めて下さいました。お父様、私はあの方が大好きです。お父様、どうかこの不出来な娘に、最後の贈り物をしては頂けませんか」


「…………その、王子殿を呼んで来てはくれまいか」


「……! はい!」


 我が娘は小走りで去り、直ぐそこにいた男を連れて戻って来た。


「お前が娘の言う男か。名は何か」


「諱を、基と言います」


「『モトイ』か。……この子は私にとってとても大切な娘だ。何があろうと悲しませないと、今この場で誓えるか」


「……ええ、例え父上に認められなくとも」


「父親本人の目の前でそう誓うとは、見た目に違えて中々気骨があるようだ。良かろう、我が娘、蔑ろにしてくれるなよ」


「言われずとも、です」


 恐らく、娘が言った以外にも、家での理由はあるだろう。これは私にしか分からないかもしれないが。

 多分、彼女はもう親離れをする時期なのだ。私は彼女に有りっ丈の愛情を注いだが、方向がずれていた上に最早過剰だったのだろう。結局、私は最後まで娘を見ることが出来なかった。


「……全く、父親失格だな……」


 ……聖武天皇視点


 一連の話は終わったようで、その王は此方に向き直った。


「今、全ての誤解が解けた。陛下におかれては、どうか私に相応の罰を下して欲しい」


「そうしたいのは、朕もそうなのだが……」


 実は彼等が別の世界を作っていた間に、刑部卿(おさかべのかみ)と少し話し合っていた。その結果を簡潔に伝える。


「獄令の冤枉(えんおう)条に則って、爾の再審が決まった。ついては、改めて判決が出るまでは鴻臚館にて過ごされたい」


「……陛下はそれで良いのか」


「良いも何も、令に定められたこと故な。衛士、疾うこの者を鴻臚館に通せ。娘も共にいて良いぞ」


 このときの二人の喜びようは、態々言うこともないだろう。

 無理矢理とはいえ再審をぶち込んだので、結審までは多分十日は掛かるだろうか。


 …………


 里内裏、旧道真邸。


「父上、こんなところにおられましたか」


「……む、基か。こんな時間に何をしているか」


 月の煌々と照る深夜、母屋の簀子縁に座り込んでいるところを息子に見つかった。


「中々寝付けず、夜風に当たりに。父上こそ何をなさっているのですか」


「似たようなものだ。……基、少し良いか」


「何でしょうか」


「…………私は、お前をしっかりと見ることが出来ているだろうか」


「……昼間のお話、聞いておられましたか」


「うむ。……あの王はな、私と同じなのだ。いや、厳密には『私はあの王と同じだ』と言った方が近いか。私にはお前にも、お前の母親にさえも話していない過去を持っている。それがもし、お前に要らぬ負担を強いているとしたら……」


「…………」


「お前のその名前、元はと言えば私にいた息子の名前だったのだ。生まれて一年もせず世を去ったがな。生まれて三十日ちょっとで立太子させたが、思えばお前には、その子の無念さを負わせているやもしれぬ。そんなこと、今まで考えもせなんだが、あの話を聞くと、途端に怖くなった」


「…………」


「……基。私は、お前自身を見ているだろうか」


「……安心して下さい、父上。父上は真っ直ぐ私を見ていて下さっていますし、他の弟妹達や母上もしっかり見ておられます。そして、きっと今後も、僕等を真っ直ぐ見てくれますよね」


「……ああ、約束しよう。……さあ、あまり遅いと明日に響く。お前も早く寝なさい」


「はい、父上」


 心配することも無かったか。もし仮に、私が彼を見ていなかったとしても、基はそのことを指摘してくれるだろう。それよりも真っ先に、壱与が気付くだろうが。

 軽くなった心を仕舞って障子を開けて中へ戻り、基も自身の部屋へ帰って行った。

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