第七十話〜夜間強襲〜
準備を終えた一行は、以前に冒頓が引き入れた集団──自称するところでは「湾より来た者」──から船を二隻借り受け、敵領内の大河を上っていった。本作戦の構成員は、押領使と東宮、兵五人に陰陽師三人衆の合計十人と少ないが、敵の目を欺くために小型船で動くことを余儀なくされた。押東兵兵兵で一隻、陰陰陰兵兵で一隻の組み合わせである。勿論漕ぐのは兵の役目だ。
「押領使、本当にこれが上手くいくのか」
「いくいかぬではなく、やらねばならぬと存じます。これが成功すれば、敵の喉元にいきなり刃を突き付けられるのです。あわよくば敵の王も捕虜と出来ましょう」
「……お前がそこまで言うならそうなのだろう。作戦指揮は一任する」
沿岸にある大きめの空き家に目を付けると、なるべく目立たぬようにして侵入した。天井が抜けてその役目を果たしていないが、幸いにもこの地域はほとんど雨が降らないので周囲の目避けには支障を来さない。
瓦礫の積もった床を片付け、円を描き、陣を敷く準備を始める。この都市で一般的な庶民の服装を兵に施し、周りを見張らせる。五人とは大分心許ないが、無事に敷かれれば問題は無い。
「……報告、敵兵が巡回にやって来ます。この辺りは人気も無く、処理は隠密に出来ますが……」
「如何なさいますか、殿下」
「あまり血は流したくない。気を失うくらいで加減出来るか」
「殿下の仰せの通りに。捉えた敵は縄で縛っておきましょう」
巡回の兵を狩ること三回。
「……報告、敵に気付かれたやも知れませぬ。敵兵三十接近、巡回とは思えませぬ」
「陰陽師、まだなのか」
「……あと少しです殿下、あと三分ちょっと(約十分)程で……」
「だそうだ。何とか耐えよ」
「我等も死力を尽くしますが、押領使様にも御助力願いたく」
「では、出るとしよう。殿下も万一の事があります、どうか御覚悟を」
押領使が最低限の武装で外に出て直後、外が騒がしくなった。増援も遅からず来るだろう。
「…………敷設完了、転移式『開門』!」
描かれた陣が眩く光り、同じくして完全武装の兵が何人も出てくる。
「兵へ通達! 屋外にて戦闘、これを援護せよ! その後敵王宮を捜索包囲、侵入しこれを陥落せしめよ!」
勢いよく出た兵が絶える事なく送り出され、予定通り五個軍団が敵都に流入した。五千人の力を使って一挙にこれを陥す。
「おお、殿下。ご無事なようで何よりです」
「む、陰陽尹か。作戦には入っていないはずだが」
「陛下が嫌な予感がするなどと仰せられたので、追加戦力として任ぜられました。とは言え自衛の出来る文官一人です、さしたる障りもありますまい」
「……まあいい。貴殿がいれば心強いのは確かだからな。先んじて王宮を探し出してもらっても良いか」
「今文官って言いましたよね私。……まあいいです。ちょいと式神に探して来てもらいましょう」
そう言うと陣の脇に座って式神を呼び出し、己に課された使命を代わりに背負わせた。
「……上手くいくだろうか」
「ここまでは成功と申せます。後は兵士らの頑張り次第でしょうなぁ」
「違いない」
……神王視点
本来なら自分の住処ほど落ち着く場所はないのだが、今はそんなことは微塵もない。娘が拐われたのがはっきりしていて、どうしてゆっくり寝られようか!
「陛下に御報告ー!」
そんな夜中に騒がしい声を上げて走って来たのは、他でもない宰相である。
「ああ良かった、まだ起きておられましたか」
「なんだ騒がしい。娘が拐われたのにおちおち寝ていられるか」
「ご尤もで御座いますが、そうも言っておられません。陛下、敵襲です」
「……敵襲とな」
少し睨むと宰相は声にもならぬ悲鳴をあげて縮こまったが、そこは宰相の位にある人間である。すぐに復帰し、報告を再開した。
「大河沿岸の空き家より敵が出現。原理は不明ですが、最終的に五千の敵が王都に侵入しております。守備隊は応戦するも突然の事態に混乱、その隙を突かれて総崩れであります。敵の目的は恐らくこの王宮と思われます」
緊急事態の最中にあって、あまりにも日常的な冷静さである。一瞬此奴の手引きかとも考えたが、そんな理由もあるまい。
「万事休す、か。退路は確保したか」
「ええ、こちらへ、陛下……」
逃げようとしたところで、窓から声が掛けられた。
「そうは参りません。捕縛式『鉄鎖』」
「なっ! き、貴様、どこから……」
相手の格好は、あまりにも奇妙な服装である。この気候で全身を布で覆い、頭巾とも違うものを被っている。
一方私はと言えば、気味の悪い鉄製の縄に巻き付かれ、思うように動けない。いくら抗っても無駄かも知れない。見れば、宰相も同じ状況にある。
「ふむ、申し遅れましたな。私は、はるか東の日本より参りました。星読みと占いを司る、陰陽台の頂点を任ぜられております」




