第六十七話〜南進北進〜
結局、敵は横を通り過ぎるのみであった。そのため此方に目立った被害は無かったが、特筆するような戦果も挙げられなかった。
「殿下、報告によれば敵はあの使節で間違いないと」
「だったら、一体どうして……」
「特殊な魔道具でも使ったのでしょう。西陸道を嘗て治めていた王は、あの転移陣の原型をはじめとして多種多様な妖術を得意としておりました。そのうちの幾つかが敵に渡っていても不思議ではありますまい」
「考えても埒があかないな。そこな兵、敵は何処へ向かったか」
「はっ。敵は近辺を通過後、南へ行ったと思われます」
脇に侍していた兵の報告を受け、今後の動きを立てる。
「なれば、敵の都は南にあると思うが。押領使」
「殿下の御意見に賛同します。奴等を追えば、いずれ辿り着くでしょう」
「うむ。ではこれより、敵を追討する。軍団は出立用意!」
さっさと方針を決め、兵に準備をさせる。簡潔すぎるとも思える方針ではあるが、兵は拙速を尊ぶもの。敵使節を追うには早ければ早いほど追いやすいというものだ。
…………
「押領使、南方の情報はあるか」
「うぅむ、私は存じ上げませんな。許昌帥に聞いてみましょう」
押領使はそう言って懐から遠話機を取り出し、許昌帥に繋いだ。
「斯々然々と言うわけで、何か知らんか」
『ええと……ああ、ありました。僅かですが、前王の遺した文字資料の中に記述があります。〈夫れ砂海中に都あり。戦車と金とを以て力を成し、西方を平ぐるを以て一国を成す〉と。残念ながら通商等の記録は遺されず、都の詳細は不明です』
「……だそうです、殿下」
「ふむ。……前方、あれは足跡かな」
「……恐らくは。我等の沓では作れない模様ですので、使節の足跡かと」
重なっている数を見ると、何十人にもなるだろう。途絶えることなく南へ伸びているその線は、使節の集団が残したものであろうと容易に想定出来る。
「殿下、風が吹かぬうちに辿って仕舞いましょう」
「無論。皆付いて来い!」
騎兵二千、歩兵五千。必要物資を搬送する輜重を入れて一万人。大部分は押領使の式による急造部隊であり、且つ軍防令に規定された混成禁止を無視した編成である。それだけ東宮の必死さが伺えるが、万一の時は押領使が撤退の啓上をする予定である。
「……嫌な予感がする……」
……神王視点
「ですから陛下、あの報告を受けて怒り心頭なのは分かります」
「うむ」
「だから陛下が挙兵したとしても、私は微塵も疑問には思いませんとも」
「うむ」
「ですが、これだけは申し上げます。せめて後方をお走り下さい。なんで一国の主人が先頭を突っ走るのですか」
「こうでもせねば、兵が付いて来まいよ」
アイの付けた足跡を頼りに、驚異的な速度で北上する戦車三千両。先頭は勿論私だ。
「歩兵を置き去りにしては戦もなにも……」
「なに、これで敵を蹴散らせば良いのだ」
一刻も早く娘を助けねばならない。太陽を親に持つ私の威光を見れば、敵はすぐにでも下るだろう。
大河の恵みに浴さない、浴せない者共には我が娘は渡さんぞ。待っておれ、こそ泥め。




