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第六十五話〜勅裁〜

「……だそうですよ、陛下。お耳に届きましたでしょうか」


『うむ。許昌帥の袖の中でも、一から十まで聞こえとるわ』


 許昌帥の袖の中から聞こえる声。紛れもなく、都に座す聖武天皇その人である。帥が袖に手を入れた時、こっそり起動しておいたのだ。勿論、事前に話は通してあるので、知らないのは使節と東宮殿下のみである。


「ち、父上、もしかして、今の……」


『聞いたと言っておろう。と言うわけで、少し耳を傾けよ』


「はっ、はい」


 許昌帥が袖から遠話機を取り出し、殿下に渡す。殿下はそれを両手で受け取り、その場に(ひざまず)いて──無論跪く必要はないのだが──言葉を待った。


『お前は、国益を考えた上で尚その娘を選んだ。為政者として、それは許容出来るものではない。(わたくし)を殺してでも政を行うのが、為政者としての義務であるからだ。よもや、これを理解していない訳ではあるまいな』


「…………はい」


 東宮の顔が、誰の目にも見えて暗くなる。なけなしの勇気を奮って発した表明が、父親にあっさり否定されたのである。しかもその理由は幾度となく教えられてきたことであるから、反論も出来ない。


『よろしい。此度の件、一つ間違えれば西陸道だけの話では済まぬ。朕自ら判断しよう。許昌帥、押領使、聞こえておるな』


 聖武天皇の会話の対象が、東宮から他二人に移った。両名直ぐに近くへ寄り、跪く(勿論不要だが)。


「主上、いつでもどうぞ」


『うむ、では詔を下す。一字一句聴き漏らさぬように』


「勿論です、陛下」


『阿倍許昌帥仲麻呂、源押領使義経。卿ら二人は、東宮の意志を重んじ、それを助けよ』


「お、お待ち下さい父上!」


 余りにも予想外の展開に、思わず東宮が割り込んで来た。先程までの流れを考えれば、東宮の判断は流されて然るべきなのに、勅裁は全くこれに沿う形である。


『良いか、我が息子の基よ。お前の判断の仕方は、確かに為政者としては失格だ。だがな、その娘を諦めよとは、一言も言うてはおらぬはずだ』


「……父上」


『それに、他の国に国の宝を易々と引き渡すのは、それもまた失政よ。やるべき事は分かるはずだ、しくじるなよ』


「……はいっ!」


 聖武天皇の方から接続を切り、会話は終了した。東宮は許昌帥にそれを返して、使節に向き合う。


「……皇子殿、恐れながら会話は全て聞かせていただきました。本気で仰せなら、我等にも考えがあります」


「笑止。我が愛する者を、連れて行かせはせぬ。彼女の家出には相応の事情があるはずであって、そうなれば貴殿らの要求に応える理由はない。押領使」


「何なりと仰せを、殿下。詔が下った以上、我等は従い……」


「その棒読みは直した方が良いぞ。それはさておき、お前はあれだけ手を回しているんだ。やる事は分かっているな」


「勿論。では、準備があるので失敬」


 最早細かい指示は要らなかった。身の回りの者が皆仕掛け人であり、それに最高権力者も一枚噛んでいるのだ。理由は明白である。


「使節殿、仮に貴殿らが国力の全てを以て迫ろうとも、私は守り通すぞ」


「……理性的判断がなされなかったようで、残念です。では、これにて」


 怒気と殺気を放つのもそこそこに、使節は部下を連れて去って行った。


「……許昌帥」


「書類仕事は私の仕事です。殿下はどうか、あの娘の側にいてやって下さい」


「助かる」


 部屋の場所を聞き、東宮は足早に向かう。許昌帥は各方面に指示を飛ばし、来るべき時に備えて舞台を整えていく。押領使は直ぐにでも態勢を強化するだろう。

 広徳元年、治天紀元十六年皐月十日。火に焼べる薪は、まだ残っている。


 ……神王視点


「陛下に急ぎの御報告ー!」


 アイについて行った伝令が戻って来た。余程急いで来たのだろう、息も絶え絶えである。


「おお、結果はどうだったか! 良いか、悪いか!」


「相手は要請を拒否! 拒否しました!」


「……なんだと……なんだと!」


 やはり我が娘は拐かされたのだ! でなければ奴等は何故返還を拒否するか! 私の娘である事は明白だから、返して然るべきものを奴等は不躾にも返さない! 誘拐の当事者である事以外に理由があるか!


「軍を出せ! 力づくでも、娘を返してもらうぞ!」


「し、しかし陛下……」


 事態の重大性を理解出来ていない宰相が口を挟む。此奴は解雇だな。


「馬鹿者! 娘が拐われ、それを指咥えて見ていろとでも言うのか!」


「そ、そう言う訳では……」


「なら、口より軍を先に動かせ!」


 一刻も早く、迎えに行かねばならぬ。嗚呼、我が娘、ネフェルネフェルアメン・タシェリト。最も美しいアメンの子の一人。

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