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第六十四話〜令旨〜

「御目通り叶いました事、光栄に存じます。私は二つの国(Ta-wi)より使節として参りました、名をアイ(Ay)と申します」


「長きの旅、足労であった。ここ許昌府の帥、阿倍仲麻呂である」


 儀礼的な挨拶を済ませ、目の前の人物を観察する。報告などで聞いていた、南東にある国の人間だろう。奇妙な頭巾を被り、服は腰に巻いた布と獣皮程度のものである。刺繍は良く施されているが、我々の感覚からすれば異国情緒あふれる意匠である。


「此度は、私の仕える陛下より、貴国に対し求める事があって参りました。文書にも致しましたが、直接伝え且つ直に返事を聞けとの命であります」


 そう恭しく言って渡してきた文は、見たことの無い紙を使った物だった。文字は絵文字を用いているが、未開人のそれよりも恐らく遥かに洗練されているだろう。


「では、この都市の市長(Hati-a)殿に伺い申し上げます。我が主の要求はただ一つ、大切な娘を返せとの事で御座います。もし受け入れる事が(あた)わざれば、実力を以て奪還せよとも」


「…………」


 この人間が言う相手の王の娘とは、もしかすると押領使の報告書にあった奴の事だろうか。確認のため、小声で呼び掛ける。


「押領使、この者の言う娘御とは、報告にあった侍女の事か」


「恐らくは。しかし殿下が(がえ)んずるかどうか……」


 東宮殿下が密かに心を寄せる──本人は忍んでいるつもりだが忍べていない──侍女こそ、隣国の王の娘である。押領使の調べによって判明し、また本人も認めているが……


「抑も、あの者は家出だったのだろう」


「ええ、理由は話して貰えませんでしたが。当分の生活場所として旧支配者の侍女に身をやつし、我等が入った後も続けて仕えている状態です」


「……彼女には悪いが、帰国して貰うべきか」


「帥殿が決める事ですが、外交的には正しい判断かと」


「では、娘御を此処へ」


 腹は決まった。使節に向き合い、返事を伝える。


「あー、使節殿。貴君の要請に、私は応える事にした。今この場で、御息女殿をお連れし……」


 そこまで言ったところで、後方の扉が大きく音を立てて勢いよく開いた。やっぱりな。


「ま、待った!」


 出て来たのは、予想通り東宮殿下であった。大方、部屋に戻らずに盗み聞きされていたのだろう。


「殿下、何故部屋に戻らなかったのですか」


 全く予想した展開通りなので、形の上で怒りを表してみる。袖に手を入れて、不満を示すのも忘れずに。


「社会勉強の一環だ。それより、あの娘を返すのか」


「殿下、これも国益を考えた結果で御座います。侍女一人で隣国との関係が改善するなら、一国を預かる者として私情を殺すべきです。殿下も将来は帝位を継がれる方で御座います、どうかお聞き分けを」


「許昌帥、私の手にある令旨を読め」


「…………殿下、本気で仰せですか」


「でなければこんな物は作らない。それとも、公式令に定められた文書を無視するか」


「……本当に、貴方という方は……」


 流石に待ち兼ねたのか、使節の方から声が掛かる。


「あのぅ、市長殿、そろそろお返事のほど、宜しいでしょうか」


「その事だが、少し事情が変わった。詳しくは東宮殿下が仰せられる」


 一度後ろに下がり、殿下に場所を譲る。


「では、改めて。第一皇子の基である。貴君の娘殿は、残念ながら此処に留まる事になった」


「……理由を、お聞かせ願いましょう」


「彼女は只の侍女ではなく、私専属の女官となった。よって管轄がこの離宮から春宮坊に移ったので、帥単独での判断は出来ない。そして、私は彼女を貴方方に返すつもりは無い」


「何故そんな事をなさいます。皇子殿も将来の王なら、公私の分別くらい付けられましょうに」


「……それは……」


 殿下は一旦言葉を切り、深呼吸。深く吸って、深く吐き。

 次に来る言葉が紡がれる。


「それは、私が彼女を……彼女を、愛しているからだ!」

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