第六十二話〜砂漠にて〜
そこは、何もない空間であった。見る限り、楽園ではないらしい。抑も冥界神の審判を受けていないので当然だが。しかし冥界でもないようだ。真理神の真実の羽も天秤も無いし、貪食者もいない。…………そう言えば皆んな否定したのだった。これは失念。
生前を思い出しつつ待ち続けていると、私が否定したはずの神が出てきた。
「待たせたな。さて、審判を始めようか」
「お待ち下さい、貴方様は冥界神では御座いますまい。何故此処においででしょうか」
現れたのは、太陽円盤を頭に戴く太陽神であった。……多数の生傷を抱えて。
「それにその傷はどうなされたのですか。太陽神様が傷を負われるなど……」
「儂が出張ったのも怪我したのも、全部貴様のせいだ! あんな奇ッ怪な多腕円盤作りおって! この傷は此奴を始末したときの物だ!」
「で、では、審判とは……」
「彼奴を作った罰だ! 貴様にあるのは第二の人生だ! 楽園にも冥界にも、贖罪が終わるまで来ること罷りならん!」
…………
こうして私と聖都が、この地に飛ばされたのである。それも、もう何年も前の事だ。
あの古ぼけた神への恨みは尽きないが、贖罪を要求する以上は崇めねばなるまい。よく考えればこの地にはあの煩わしい神官どもは一人もいないので、信仰を変える以前の即位名を名乗ることにした。都の名前も、太陽神から太陽神へと変えた。
現地の統合は酷く容易であり、特筆することはない。部族長の娘を娶って「美人訪れたり」と名付け、授かった二男六女にも懐かしい名前を付けていった。
そして目下の問題は、この内四人目の娘である。
「……で、我が四女の居場所は分かったか」
「陛下、畏れながら申し上げます。判明したにはしたのですが……」
「なれば早う申せ!」
「調べたところ、隣国の都市に潜んでいるようであります。さらにその国の王子に侍女として仕えているとも……」
「すぐに使者を遣って返還を求めよ。日の御子の娘に狼藉はさせんぞ」
「ははっ、直ぐに送ります」
娘がいなくなって早数ヶ月。誘拐の可能性も考えたが、部屋に置きパピルスがあった。
〈お父様には愛想が尽きました。探さないでください〉
これを見て動揺しない父親が、一体この世の何処にいようか! 直ぐさま方々に間者を送って居場所を調べさせた。それこそ隅々まで、砂つぶ一つ逃さぬように。その結果があの報告である。
いくら父に愛想を尽かしたとても、果たして自己意思で何処の馬の骨とも分からぬ王子に仕えるだろうか。まして言葉も通じなかろうに、そんな環境へどうして入ろうと思えるだろうか。
「……そうか、やはりこれは誘拐なのだな……」
「あの、陛下、今何と……」
「娘は誘拐されたのだ! 隣の王子に、卑劣にもな! 直ぐに軍を出せるようにせよ! 場合によっては懲罰も必要だ!」
「しかし陛下、相手も分からずに突っ込むのは愚策で……」
「我が娘が待っているのだ! 悠長に賢愚の別など付けていられるか!」
嗚呼、愛しき我が娘よ、今私が助けに行こう。
彼奴の目的は、恐らくこの王位だろう。現状ではあの娘に継承権は無いが、もし我等を鏖殺すれば、可能性は無きにしも非ず。
「そんな欲深き者に、この二重冠は渡さんぞ……」
この国の安定の為にも、楔を打ち込む必要があろう。




