第六十一話〜かんわフレンズ〜
……どちらにしようかな
「八咫烏、次の太陽神へは連絡しましたね」
「実はその事なんですが……」
慈母の如き笑みをたたえて尋ねる天照大神に、事情を事細かに説明する八咫烏。何時もなら問題を起こす所だが、今回は少し違うらしい。
「…………と言うわけで、向こうの神様方は大混乱。鳥頭と円盤とが殴り合いの最中で誰が責任者かも分からず、門前払いと相成りました……」
「神話体系の対立ですか……中々見かけませんね。ところでその言い方は失礼ですよ」
「加えて申し上げれば、人相書きにある鳥頭が何柱もおられまして……」
「彼方では良くある話と聞きますが、そこまでですか……分かりました、私が行きましょう」
最近出番が多くないか……そう思いつつも腰を上げる天照大神であった。
……焼けたなら造ってしまえ大内裏
信楽宮、内裏跡地……
「しかし、また綺麗に焼け失せたものだな。そうは思わんか、陰陽頭よ」
「自然発火とか俗的な放火と違いますからねぇ。ある種の呪いに近いもので燃やされたのです。浄化こそ済みましたが、再建には時間が掛かりますな。我等の出し得る式や式神を最大動員し、且つ臨時の歳役をかけても、一年か二年は必要でしょう」
「ふむ……金も大分掛かるだろうな。試算は幾らになったか」
「それが、完全に未知数であります。成る可く民への負担が大きくならないように努力してはおりますが、材木の選定から切り出し、運送と加工の手間や内部外部の調度に装飾等を考慮すると、少ない額ではありますまい」
「そうか。して、前の構造を再現するのか」
「それに関しては、我等の知る大内裏を再現したく存じます故、陛下に勅裁を賜りたく……」
従来の信楽宮は、皇祖神の都合で平城京の構造を用いていた。今回の火災でその平城宮が焼け失せたので、陰陽頭は再建大内裏の構造を平安宮のそれに変更しようと考えている。
「良かろう。造宮卿には朕から伝える。国政の障りを取り払うため、先ずは朝堂院から造るように」
「承りました。瓦礫の搬出が終わったら、直ぐに造宮卿と相談致します」
内裏再建を待つ間、聖武天皇と皇后は旧菅原道真邸を仮の内裏としている。四町前後の広さを持つ此処なら、生活の上で不足は無い。当の道真本人は正三位なので宅地面積は変わらないが、本人の要望によって半分の二町に留める旨が勅許されている。因みに陰陽頭は一町である。
西方の神話にある不死鳥の如く、禁裏も復活するのだろうか。
……風土記は辛いよ
「……なんで私がやってるのでしょうか、これ……」
朝堂院が焼け野原と化したので自宅で仕事をしていた陰陽頭は、あることに気付いた。それは、風土記の編纂を彼が担っているという点である。
本来であれば、夫々の国府で纏めるべき代物である。よしんば中央がやるにしても、図書寮辺りが妥当なのだ。陰陽寮の職掌ではない。
「いやまあ各地の名物を食べられるのは役得ですがね、なんで私がやらねばならんのですか。ねぇ、そこな家令」
「え、いや、私に申されましても……」
気分転換に舎人に無茶振りをしてみたが、若干の塩対応を残して何処かへ行ってしまった。
「これが見目麗しい侍女ならご褒美なんですがねぇ、男にされても誰得なのでしょうか。少なくとも私は得しません」
訳の分からない事を呟きながらも、作業に戻る。各地で見聞きした作物や産物、料理の数々を地方ごとに記す。
「大洋の魚は格別に美味でしたねぇ。採りたてをそのまま塩で焼くのも、都では出来ない新鮮な体験でした。あの芋も珍しい物でしたね。焼いた木の実は不思議な味と食感で……」
その食通ぶりが理由ではないのか──そう思わせるような文面をすらすらと書き上げていく陰陽頭であった。
……まずいですよ!
『遠方より直接失礼します、主上。至急奏すべき事が御座います』
「と言うと……彼奴か」
『ええ。東宮殿下の想い人である侍女に関して、身元が判明致しまして御座います』
「おお、そうか! さあ、話せ話せ」
東宮が想いを寄せる侍女の身元は、押領使と聖武天皇の極秘懸案事項であった。皇族ともあろう方、それも皇位継承第一位の方が、ともすれば奴婢とも近いような者に恋慕しているともなれば、大変な醜聞である。場合によっては東宮位を廃せらることもあり得るため、秘密裏に身元を調べさせたのである。
しかし、幾ら急かしても押領使は中々話さない。
「どうした。早う申せ」
『……実は』
その口から発せられた事は、聖武天皇をも絶句させた。
「…………これはまずくないか」
『大分まずいです、主上。本件、対処は臣にお任せ下され』
「任せた。何とか良い方向に落ち着かせよ」
果たして、東宮の恋路は如何に。次回に続く。
と言うわけで閑話です。次回から第六帖、お楽しみに。
あっ、東宮の話も続きますよ。




