第五十八話〜衝撃〜
……首長視点
「我が王、アホエイクが参りました」
「うむ。通せ」
奴が出奔して数日、遂に戻ってきた。言伝通りの土産があると良いのだが……
「このアホエイトゥ、再び我が王にお目にかかれました事、至上の喜びと存じます」
「うむ、うむ。して、首尾は如何程か」
「その事ですが、一先ず我が王におかれましては、私に同行して頂きたく存じます。理由は道中にて申し上げます故」
「……ふむ。その行為で、私は得をするかね」
「大いに。又と無い光景を見せ申し上げましょう」
そこまで言うのならば、相当な物が待っているはずだ。
「分かった、同行しよう。皆、支度せよ」
さあ、最後の仕上げだ。外が堅牢な物は、内側から突き崩すのが道理である。さすれば容易に崩壊し、屈服する。
奴等の悔しがる顔が楽しみで仕方ない。
……太政大臣視点
年が明けて源闢十六年の正月早々に、陛下は西方の討征完了を聞いて西国へ行幸なされた。西川道に続いて二回目──皇后殿下の故郷への行幸を含めれば三回目──の敵地行幸である。
最低限の統治体制を整えるまで陛下は還幸なされないので、私が留守官を言い渡された。もう慣れたものではあるが、やはり陛下無しでは心細いものがある。大部分の為政を支えているとは言え、結局は帝の臣である。どうも陛下のようにはいかない。
昨日も、刃隈からやって来たと称する者の応対を筑紫館で行なったが、まごまごしているうちに衛兵の大刀を其奴にやってしまった。兵には悪い事をしたので、後で一振り分の代金を自腹で贖っておいた。
「陛下の御還幸日程は判明したか」
「報告によれば、まだ掛かると」
「ふむ。では、昨日の不届きな刃隈人は見つかったかね」
「大夫様が御不在ですので亮に官符を下しましたが、あまり芳しくないようです」
「捜索は継続、警戒も強化せよ。次こんな事が起きたらたまらん」
陛下の思し召しで左右大臣が置かれていないので、政務の補佐は弁官による。その辺りは令の定めと幾らか相違があるが、使役魔と人とを並立させると齟齬が生じるとの陛下の御聖断なのかも知れない。
「太政大臣様、河内守様より至急の御報告です。亜保永戸殿が帰って参られました。指導者もおります」
「無事にやってくれたか。予定では、大極殿の南庭で勅裁であったな」
「ええ。しかし、急用で陛下は行幸あそばされ、諸々は太政大臣様に一任せよとの宣下で御座いました」
「うぅむ、やるしか無いのか。取り敢えず南庭に席の用意をしておけ。陰陽頭も念の為に此処へ」
「はっ」
陰陽頭は、万が一の保険である。敵の指導者が激しく暴れそうになったら、彼の術で一思いにやる予定である。無論、原則として獄令に従うが。
…………
流石に高御座に座るわけにはいかないので、大極殿の立つ基壇に──則ち大極殿の扉の前に──椅子を設け、庭を見下ろす形とした。私から見て右側に陰陽頭を、他の方向に衛士を並べて完成だ。
「亜保永戸殿、参られました!」
朝集殿院の外に馬を付けた亜保永戸が、一際位の高そうな人物を従えてやって来た。
「アホエイトゥ、只今参りました」
「うむ、約束を守ってくれたようで何よりだ。では早速、予定通りに進めようぞ」
「ええ、しかし……陛下は何処にいらっしゃいましょうか」
「それがな、お前のいない間に急用が出来て留守にしておる。故に私が代わりに裁く」
私が行幸の旨を伝えると、亜保永戸は露骨に嫌そうな顔をした。
「あ、そうですか。……またなんて悪運の強い……」
「そんな顔をしてどうした。…………貴様、まさか」
この男……まさか、初めから服する気なぞ無かったと言うのか……
「ようやく気付きましたか。一番の目玉がいないのは誤算ですが、まあ良いでしょう。我が王よ、どうぞご照覧あれ」
此奴はそう言い放ち、火の付いた縄の繋がる壺を投げ付けた。慌てて避けると、椅子に壺が当たって割れ、中身が飛び散った。この中身、油よりも粘着質が強いか。
「ここの兵器庫から拝借しました。成る程、木造建築もあって良く燃える燃える。でもまだです、お楽しみはこれからですよ」
言うが早いか彼は木札を取り出し、呪の様なものを唱えた。大和言葉としては次の如く聞こえた。
「魔于伊神にお願い申し奉ります。今こそ風を解き放ち下さい」
さて、正月に限らず晩冬初春は乾燥するものである。故に火災は起きやすく、また燃え広がりやすい。
陰陽頭が防火用の結界を張ってはくれたものの、建物は瞬く間に燃えて行く。奴等は混乱に乗じて逃げたようだ。奴等が逃げた後、衛士もやっと動き出した。説教し尽くしても足りないが、今はそれどころでは無い。
「直ぐに皇后殿下と親王殿下、内親王殿下を避難させよ! 続いて宝物、書を持ち出せ! 手隙の者は消火!」
急いで指示を出し、自身も避難する。三種の神器と分解した高御座は何れも陛下が持っているから、最悪皇后殿下と親王殿下御二方、内親王殿下御二方が御無事であれば良い。勿論余裕があれば史書の類も救い出すが、恐らく建物はもう助かるまい。敵の妖術によって異常に燃え広がり、鎮火するより早く別の場所に延焼しているようにさえ思える。
とにかく先ずは、陛下にお知らせせねば。直通の遠話機を取り出す。
「……ああ、陛下、どうぞこの太政大臣の直奏をお許し下さい。非常に緊急の御報告であります……」




