第五十六話〜真相と疑問〜
……聖武天皇視点
「陰陽頭、あの作戦は上手くいったか」
「ええ、恐らくは。杙戈杙とやらが如何様な罰を受けるかは分かりかねますが、少なくとも軍師の立場を失い、左遷されましょう」
杙戈杙が王に離反し、此方に内通していた……と言うのは、全くの偽りである。陰陽頭が考案し太政大臣と編み上げ、勅許によって実行された計画である。
出典は唐土の古典「史記」や「漢書」である。滎陽の戦いに於いて項羽に包囲された劉邦は、軍師陳平に四万金を与え策を練らせた。項羽の疑り深い性格を利用する為に編み出されたのがこの離間計の一種である。これによって項羽の側近范増はその地位を追われ、遂には自らの首を絞めることとなったのである。
由来はさておき、これで杙戈杙が切り離されれば、此方に遥かに有利に働くはずである。
「しかし、杙戈杙とやらには悪い事をしたな」
「何を仰せられますか、陛下。確かにこの件で彼は冷遇されるでしょうが、これも本朝が為を思えば、致し方無い事で御座います。どうか自信を失いなさいますな」
聖武天皇と陰陽頭がそう話していると、尚侍が入ってきた。
「陛下に急ぎ奏し奉ります。彼の国より、使者とは別の者が河内国に上陸しました」
「何ですって。河内守は一体何を……」
「いえ、報告には、彼等に交戦意思は無いと……」
ではそれは誰なのか。杙戈杙が此方へ逃げて来たのか、或いは別の何者か……
「ふむ、玄蕃寮に応対させよ」
「承りました」
結局、最初に彼等の対応をした時のように玄蕃寮へ投げた。無論、職掌的には当然だが。
そして暫く後、聖武天皇は驚く報告を受ける事になる。
……首長視点
「我が王、畏れながら申し上げます。アホエイクとの連絡が途絶えました」
「……詳しく説明せよ。今、私は冷静さを欠こうとしておるぞ」
「それが、伝令が着いた時に出掛けており、未だ戻っておらず……」
「さっさと探し出せ! 全く、クイカクイに次いで奴まで背くとは……」
クイカクイ離叛を受けて、確認の為にアホエイクの所に人をやれば、奴はいないと言う。これをどう見るべきか。
二つある。まず一つ、順当に考えれば、奴も離叛したのだろう。クイカクイが捕らえられた旨を何らかの手段で聞き、先に逃げ出したのだ。そしてもう一つは……
「……そうか、さては貴様らも背くのか」
「なっ、何を仰せられますか、我が王よ。我等は上から下まで、皆王の忠実な僕で……」
「黙れ! 十日以内にアホエイクを見付け出せ! さもなくば離叛者は貴様らだ、良いな」
「……ははっ」
部下が足早に去っていく。アホエイクを見つけたら、内部の浄化もせねばならんな。人手不足が懸念されるだろうが、そうなったらまた人を呼び出せば良い。危険分子は徹底的に排除せねばならぬ。
「我が王に御報告申し上げます。クイカクイの刑が執行されました」
「そうか。やっと良い報告が聞けた。下がって良い」
また一人、危険分子が排除された。アホエイクがまだ残っているが、近くにいないなら寝首を掻かれる心配も無かろう。
嘗ては愚弟が部下と民を騙し、浅はかにも私を打ち倒したのだ。二度とこの二の轍は踏むまい。




