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第五十三話〜海の民〜

 時は遡って東宮の西方出兵一年前である源闢十四年。朝廷には喫緊の問題が浮上していた。


「……以上、沿岸諸郷並びに諸村より、海賊の被害が報告されています。西川道からの納税船もここ最近、被害報告が相次いでいます。被害を総じて考えると最早看過できるものではありません故、早急に奏聞すべきかと存じます」


 民部卿(みんぶのかみ)から太政大臣へ報告が上がった。ここ数年で漁村や船舶への海賊被害が相次いでおり、しかもここ数年で激増していると言う。


 太政大臣はこれを受けて聖武天皇に奏聞、海賊討伐宣旨が下された。兵部省に命じて各漁村や船舶に一定数の兵を置き、都度海賊を退ける方針を採った。


 …………


 源闢十五年文月。

 河内国に所属不明の船舶が入港し、有井(ありい)なる者の使いとして聖武天皇への直接の拝謁を求めた。太政大臣はこれを認めず、職掌から見ても適任と玄蕃寮(ほうしまらひとのつかさ)にこれを放り投げ(まかせ)た。

 使節の齎した国書は明確に戦を宣する物であり、これを受けて聖武天皇は彼の国の情報収集を命じた。


「……だからと言って、臣の式神を酷使するのはどうなんですか陛下」


「他に適任がおらんでな。卿の式神があの船にしっかりくっ付いて行けば、場所は簡単に分かるだろうよ」


「帰りは如何するおつもりですか。式神とても空を飛べる訳じゃないのですよ」


「朕が思うに、近頃の海賊は皆彼奴等の仕業。なれば、またこの国に来ようぞ」


「大分運任せですなぁ……」


 敵を知らねば何も出来ないのは古今東西の原則である。と言う訳で、聖武天皇は陰陽頭の式神をこの任に就かせる事にしたのである。


「一度有井王にも文を出さねば礼を失するからな、王の居場所も調べておけ」


「分かっておりますとも。……しかし、東にあるのはだだっ広い海だけですが、相手も島国なのでしょうか」


「だからこそ海賊行為が出来るのだろうよ。記紀の安曇(あずみ)氏に似たようなものだろう」


 安曇氏は、日本書紀に記された海人族の一族である。応神帝の項にて海人の宗に任じられた旨が記述され、古事記や新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)にもその名前が残る。


「となると、勢力圏は広範囲にわたっているだろう事は想像に難くありませんな」


「だろうな。恐らく、此度は武力制圧は困難だろう。卿なら如何するか」


「そうですな……臣であれば、彼等の首を絞めましょうぞ。本土の豊かさにもよりますが、相手が島国なれば諸島間での貿易こそが生命線。なれば、その貿易を圧迫してしまえばすぐさま苦しみましょう。そこを狙って有井王を下せば良いのです」


「……ふむ、では太政大臣とも相談の上で改めて方針を確立し、報告せよ」


「承りました」


 貿易を主体に行う国家にとって、貿易線の途絶は血流の途絶に等しい。もしこれが成功すれば、多くの血を流す事なく決着が着くだろう。武力での侵攻は、水上戦力と航行能力の不足から困難である事は明白である。今回は諦めざるを得ない。


 こうして同年葉月には方針が決定し、日本は未知の国との貿易合戦に突入したのである。


 ……首長視点


 母なる国、曲がった水(Waipio)にある王宮にて。


「我が王、御報告を申し上げます。西方への使いが無事に帰国致しました」


「なら、手紙はしっかりと渡せたのだな。よし、私掠行為を再開させよ」


「承りました。報告書を渡し奉ります」


 あの国は島国である。この国がそうであるように、あの国も貿易を妨げられれば生きては行けまい。報告書を見れば、奴等の船がここまでは来られないだろう旨が記載されている。一方的に叩けるならば尚好都合。このまま奴等には干からびてもらおう。


「我が王、配下の島長(Aliʻi nui)にはお伝えしますか」


「無論。彼等の知恵をも借りればより簡単にあの国を落とせよう」


 現在、南方にある(Mokupuni)(nui)とそれの西に隣接する(Mokupuni) (nui nā)に夫々別の首長(Aliʻi)を置いて統治している。彼等はとても賢く、大いに役立っている。彼等さえいれば、簡単にあの国に勝てるだろう。

 あまりにも呆気ない物だが、所詮そんなものであろう。吉報は寝て待てば良い。


「我が王、使節船から僅かながらも奇妙な神力(Mana)が出てきましたが……」


「捨て置け。私は少し休む」


 そう、吉報は待てば良い。負ける要素はどこにもない。

 祭壇に蛮王の首があるのを想像するだけで、笑いが止まらなくなる。愈々その日が来るだろう。

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