第四十九話〜西班牙戦役〜
……押領使視点
尼禄の守っていた都市には敵の王はいなかった。恐らくは隣接する川から船で逃れたのだろうか。市街地で見た舟は小さいものだったから、海に出る過程で大きい物に乗り換えた線が妥当だろう。
最低限の糧食補給と休息を済ませ、西へ進む。現地住民から平和的に聞き出した情報によれば、西にある「西班牙」が最西端らしい。そこまで行けば、今度こそ敵を仕留めることが出来る。
「押領使、やはり敵の王は生け捕りすべきか」
「恐らくその方が宜しいでしょうが、次第によっては叶わぬやも知れませぬ。そうなれば、この押領使が其の者の首級を回収致します故」
「出来れば生け捕りにしたい。兵にもそう伝えよ」
「承りました。今回は正面からの正攻法で参ります。殿下も相応の御準備召されますよう、お願い申し上げます」
「まあ、そうなるな。戦の前に挂甲を着よう」
「その方が宜しいかと」
いよいよ陸地の最西端に敵を追い詰めた。此処までの逃避行を考えると、残った戦力は少ないだろう。
これが、最後の戦いだ。
……王の視点
ローマより船で逃れ、島を二つ三つ経由し、ネロめが言うところのルシタニアまでやって来た。が、此処より西は全て海であり、最早限界であった。我が名誉も、我が遁走も、我が反撃も。
「斥候より陛下へ報告。北方より接近する軍あり。仔細不明なれど今までの敵と変わらず」
「それ以外に誰がいるか。……残った兵は何人か」
「はっ。ローマより分乗したる五隻二千名の内、一隻が転覆し生存者無し……陛下の御友人殿も……」
「……知っている。続けよ」
「は、はっ。上陸後にも傷病者あり、以上を含めると恐らく千五百名程かと」
「その全員を集めよ」
全く、我が軍も地に堕ちたものである。大陸の半分をも制した我等が、今や都市の一つさえ持たない弱小である。友も既にいない今、我さえも風前のともし火と言える。
「陛下、全員集まりました」
「分かった。こうも少ないと、移動が早いものだな」
誰も笑えない冗談を吐き捨て、整列した千五百の前に立つ。
「……諸君、我々は先日、一人の英雄を喪った」
目に見えて兵の顔が暗くなり、俯く。
「これは我々の敗北を意味するのか。否! これは始まりである!」
皆驚き、前を向いた。続ける。
「東方の敵に比べ我が軍は既に三十分の一以下である。にも関わらず、今日まで生きてこられたのは何故か。それは、我等の戦いこそが正義だからである! 我が友人、皆も愛してくれたエンキドゥは死んだ! 何故だ! 我が軍兵士諸君! 今こそ悲しみを乗り越え、そして怒りの炎を胸に込めて立ち上がれ! 優良種たる我等こそが、我等の未来を決することが出来るのだ!」
徐々に顔が明るくなり、士気が高まっていく様がよく分かる。
「ウルクに栄光あれ!」「ウルクに栄光あれ!」「ウルクに栄光あれ!」「王に栄光あれ!」「王に栄光あれ!」「王に栄光あれ!」
「さあ、反撃の狼煙を上げよ! 我等が土地を返して貰おうぞ!」
これが、最後の戦いだ。




