第四十八話〜帝都防衛戦〜
……押領使視点
曹操と合流してからも西へずっと進み、多数の小島を有する水道を越えて西進を続けると、徐々に文明の跡が見えてきた。
「押領使、だんだん人が多くなってきているように思うが……」
「恐らく殿下も御察しの様に、敵の第二根拠地が近いと思われます。注意して進むべきです」
「だろうね。曹操にも警戒態勢の呼び掛けを」
「既にやる気満々で戦の用意をしておりますね。先走らなければ良いのですが……」
曹操は船の上で戦う為の準備を整えていた。数多の弓矢に加え、雲梯の様なものも用意されている。敵船に直接乗り込むつもりだろうか。
…………
暫く進むと、左脇に延々と伸びていた海が先の方で終わっていた。恐らく対岸は半島になっているのだろう。その中に敵がいるはずだ。その旨を殿下に伝え、半島の中央へ突き進む。曹操とは此処で一度別れ、引き続き沿岸を進んでもらう。
進路に対して垂直に流れている川を渡って進んでいくと、敵の軍勢が待ち構えていた。
「東方より来たる軍勢諸君! 貴軍の責任者と話がしたい!」
敵から突然声が掛かった。然もそれは思いも寄らぬ提案であった。数人の兵を護衛に、隊列の前へ出てきた人物が発した言葉であろうか。見れば、波斯風の鎧を纏った、精悍な若者である様に見受けられる。
「押領使、どうするか」
「此処はこの押領使が参りましょう。其処の三人、ついて参れ」
自身麾下の兵から三人を召し、対話に応じることとした。
両軍の中間地点には、向こうが設営したと思しき陣幕があり、其処に敵の代表がいた。
「此方の提案に応じて頂いたこと、感謝する。我が名は〈ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス〉、ローマ帝国元老院の第一人者にしてローマ軍の最高指揮官である」
「我が名は〈源義経〉、日本の押領使にして征討軍の副将軍である。貴殿の提案の真意は何か」
「なに、簡単な話だ。この川から南の土地は一切合切を見逃して頂きたい」
「断る。此方に益が無い」
「勿論、対価はある。此処を見逃してくれれば、貴軍の動きの一切を妨害しないと約束しよう。第一人者として誓う。どうか」
つまり、相互の不可侵である。あれだけの軍が布陣していることを考えると、真面にぶつかれば損害が大きい。一見呑んでも良さそうな案件だが、我等の敵将は生憎この土地にいるはずだ。
「…………それでも断る。我等の目的は、恐らく貴殿らが匿っているだろう王の首である。我が軍は貴軍を下し、進む義務がある」
「……此処に交渉は決裂した。後で会おう」
「次に会う時は何方かは首だけだろうがな」
僅か半刻(卅分)にも満たない両軍指揮官の会談は終わった。此処に、双方の敵対と衝突は不可避な物になり、火急の案件となった。
……ネロ視点
「総員戦闘配置。合図で進軍せよ」
指示を飛ばして定位置に戻る。此方から提案した案件は、予想通りの結論を迎えた。だがこれで良い、全く理想の展開である。
「賢王陛下はどうした」
「はっ。予定通りティベリス川より出航、二千の精鋭と共にヒスパニアへ向かわれました」
「何もかも順調だな。……私の出番もそろそろ終わるな」
賢王陛下は上手く西へ逃れた。我等の目的は出来る限り敵を引き留め、足止めする事。其処で私の役目は終わる。勝とうが負けようが、最早どうでも良いのである。
「右翼より報告! ルビコン川を遡上する船団あり!」
「馬鹿者! 船は川上りなぞせんわ!」
「で、ですが……」
「続報! 遡上せるは皆敵! 右翼隊攻撃を受く! 指示を乞う!」
「クソが! 右に近い者は援護! 他は正面に備えよ!」
敵は川から奇襲を掛けて来た。忌々しいったらありゃしない!
そうこうしてるうちに敵本隊も動いた。初めから奴等は真面目くさって戦うつもりなど無かったのだ! ウルク以東の蛮族め!
結局、最期に、目に入ったのは、赤黒く、染まる、〈元老院とローマ市民〉、そして鷲の旗印だった。




