第四十七話〜合流と算段〜
……押領使視点
約束の十日から少し休息が延長し、十三日となった。市場での兵糧が思うように確保出来なかった為であるが、粘りに粘ってなんとか必要数を手に入れたのである。
于留狗を出て西に向かうこと数日。右手に黒味のかった湖が見えてきた。
「押領使、随分と大きい湖だな。淡海より大きいかも知れない」
「恐らくそうでしょう。……殿下、その水を飲むのはあまり勧めませんぞ」
あまりにも殿下が飲みたそうな目で湖を見つめるものだから、引き留めることにした。杞憂だと良いのだが。
「えっ……」
いや、〈飲んでみたかったのになんでさ〉みたいな顔をされましても。
「色のついた水なぞ茶で十分です。ここまで黒いと碌な物が入っていないかと」
「なんだ、口惜しい。ところで、向こうに見えるのは船団でいいのかな」
「何ですと……おや、確かにあれは船団ですね。見たことのない舟だ」
念の為、殿下とその騎馬を自身の後ろへやって防護の態勢をとる。
四角形の帆を張り、大きく反り上がった船首と船尾を持つ特徴的な舟だ。この目が真面に機能しているならば、あの舟は非常識な速度で動いている。近づくにつれて先頭の舟の乗員が見えてきた。あの影は紛れもなく……
「おや、冒頓殿! 何故此処へ」
「おお、義経ではないか! 何故って、命令されて西へ西へと向かったら此奴らに会ってな。協力すれば交易の便宜を図ると言ったら、容易く仲間になったわ」
「……分かるような分からんような。それと冒頓殿、此処では押領使とお呼び願いたい」
「おお、これはすまないな押領使殿。して、其方の御仁は……」
冒頓の目は此方から離れ、後ろにいた殿下へ向いた。
「うむ、春宮の基である。よろしく頼む」
「ほお、このちびっ子が国の後継か! 中々凛々しいではないか」
「冒頓殿、殿下になんて口を……」
「押領使、今は良い。今後はどうするのだ」
「殿下が良いのでしたら構いませんが、あまり無頓着なのも感心しませんぞ。しかし、冒頓殿がここまで早く来るとは思いもしませんで……」
「確かに予定より早く着いた。なんだったらこのまま別行動でも良いが」
「冒頓殿、此処で離れては次にいつ会うか分からぬ。此方は成る可く沿岸を進む故、其方も並走して頂きたい」
「相分かった、そうしよう」
冒頓率いる船団とは、こうして共に進むことになった。目指すべくはまだまだ西である。出来る限り早く到着し、敵を叩かねば。
……王の視点
「これはこれは賢王陛下。斯様な地へようこそおいで下さいました。陛下の御性分を考えると、此処に来られる事など一生無いと考えておりましたが……」
「貴様のそれは褒めか貶しか分からんな。暫し黙っておれ」
「は、はっ。では、一足先に失礼致しまする……」
我が都、ウルクから遥か西にある西海さえも越えた向こう側。陸から伸びた地の中央に、この「ローマ」なる都市は落ち着いている。
そのローマのまた中央に、この掴み所のない男の住処である黄金宮殿がある。我等が一時的な逗留地に選んだ建物だ。
「全く、気味が悪いほど謙りおって。奴の名はなんと言ったか。確か……」
「『ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス』で御座います、陛下」
「そんな名前だったか。長ったらしいからネロとだけ呼ぼう」
態度も気に食わなければ名前も気に食わぬ。更にこの建物も、本音を言えば──本音など言わずとも──気に食わぬ。彼奴からすれば美しいのだろうが、我からすれば理解し難い物だ。
「時代も場所も違うのだから、仕方ないと言えばそれまでだな。まあそれは良い、軍の再建はどうなっている」
「恐らくネロ殿から直接報告をお聞きになる方が正確かと思われますが、このローマ所属軍は少なく見ても総勢八万は下らないかと」
「八万とな! それだけあれば、ウルクの奪還も……」
「しかも戦車を使わずに直接馬に乗る兵が数多おります。奪還どころか、逆侵攻さえ叶いましょうぞ」
「ふふ……はっはっは……イナンナ神は我等を見捨ててはいなかった! やはり勝機は我が方にある! 待っておれ、理の届かぬ東夷どもめ!」
八万もいればさしもの彼奴等も潰えよう。我等はただ、彼奴等が来るのを手薬煉引いて待てば良いのである。
西海を過ぎて上の海の中にあるこの半島で、今、反撃の狼煙が上がったのだ。




