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第四十六話〜狙撃と転進〜

 ……押領使視点


 放った矢は真っ直ぐ、敵の王目掛けて空を駆けた。

 通常の射程より遥かに飛翔したそれは、狙いをほんの少しだけ──八寸弱だけ──外れ、王の右肩に突き刺さった。

 驚愕と苦痛の表情を顔に浮かべ、後ろ向きに倒れ込んで行く。元より彼の防具は胸の円盤だけである。完全に露出していた肩に、矢が直接刺さったのだからその痛みは想像に難くない。

 指揮官を失った軍ほど弱いものはない。ましてそれが無作為に抽出された半農半兵ともなれば、軍規の崩壊と組織力の瓦解は一瞬である。

 規律ある軍から武具持つ農民へと成り下がった敵は、最早敵ではない。我等の突撃で蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑い、固く閉ざされるはずの城門を開き、中枢へ繋がる大路まで提供してくれた。

 こうして我々は、敵の首都をほぼ無血で陥落せしめたのである。


「……押領使、幾らか盛ってないか、これ」


 敵の宮殿に据えられていた玉座から、作成した報告書を読んでいた殿下が異議を唱える。


「嘘は申しておりませぬ。それに、報告、もとい記録とは得てしてそう言うもので御座います」


 そう、嘘は言っていない。敵の王に逃げられた事は完全に伏せているだけである。彼は逃げる際に二千程の精鋭兵を供とした為、軍の瓦解は厳密には指揮官と根幹の消失が原因である。


「して、殿下。彼奴等は西へと逃れました。今から追撃すれば恐らく追い付けるでしょう。令旨(りょうじ)を下しなさいますか」


 此方からの質問に、殿下は深く考え込んだ。此処での判断を間違えると、とんでもない損害を被る可能性をしっかり考えているのだ。常日頃から太政大臣殿を始めとする教育係の面々に扱かれた甲斐があるというものである。


「…………いや、よそう。此方の兵はかなり疲れているし、何より兵糧が心許ない。この状態で追撃しても、空腹と疲労で碌な戦力にならない。一度此処で休むべきだと思うけれど……」


「殿下も賢くなられましたな。もし殿下が追撃令旨を下していたら、私から休息を諫言するつもりでした。仰せの通り、兵は疲れ兵糧は少ない状態であります。敵には再起の機会を与えてしまうやも知れませんが、兵が無ければ戦は出来ませぬ。暫し休みましょう」


「うむ、兵にもその様に伝えてくれ。市場とかからも兵糧の確保を頼む。どれくらい掛かりそう


「市場の商品や規模によりますが、最低でも十日は欲しいところです。あまり短いと略奪も起きかねません」


「そうか。まあその辺りは良きに計らえ」


「承りました」


 此処から西方は未知の土地。十分な休息は必要不可欠である。兵站線の確保も課題だろう。


 ……王の視点


「……か! 陛下! お気を確かに!」


 光と呼び声で目を覚ますと、天幕の布が視界いっぱいに広がっていた。


「おい、此処はどこだ。誰か説明せよ」


「それは僕から説明しよう」


 そう言って天幕に入って来たのは、見覚えのある衣を纏った人物。アルル女神によって粘土を以て作られ、ニヌルタ神より力を授けられた野人にして我が親友。


「エンキドゥか。頼もう」


「君はウルクの攻防戦で敵将に狙撃された。それで壁から落ちた君を僕が受け止め、精鋭兵二千と共に遥か西まで逃れて来た。いま僕等がいるのは西(Batu)(Aabba)の沿岸だ」


「西海だと! ウルクを放棄したのか!」


「君がやられたからね。寄せ集めの軍は瓦解し、敵にあっさり蹴散らされた。今頃彼らは君の玉座で踏ん反り返っているだろうよ」


「全く情けない。急ぎ奪還しなければ」


「兵が二千しかいないのに無茶だ。戦車も無い。兵糧も僅か。今から戻るのは自殺行為だ」


「では、何とする」


「もっと西の半島に、君の部下が居たはずだ。其処で再起の機会を待とう」


「……屈辱だが、致し方無い。そのようにせよ」


「では、兵に伝えて来よう。君は無理をしないように。まだ傷が癒えていないからね」


「ああ、分かった」


 分かった、とは言っても受け入れ難い事である。都を失い敗走した王など哀れもいいところだ。神々に何と謝すればいいのか。

 とは言え、だ。西に居を構える彼奴も中々の軍事力を持っていたはずだ。嘆かわしいが、彼に頼れば敵を押し返せよう。

 逆転勝利の栄冠は、すぐ其処だ。

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