第四十四話〜新兵器開帳〜
……押領使視点
幸いなことに何も起こらず、大人しく夜が明けた。日が頭を出すと同時に麓へ布陣する。主力が主力なので、ずっと山頂の城にいる訳にもいかないのである。
「……押領使、いよいよか」
「ええ。……殿下、始まる前から気を張っていては直ぐに疲れてしまいましょう。始まるまで、暫し肩の力を抜いても宜しいかと」
「いつ敵が来るか分からないのに、そんなんで良いのか」
「西の民の性格を考えると、恐らく前触れがあるはずです。それまでなら問題ないかと」
「そうなのか。なら、少しだけ……」
殿下はいつでも対応出来るようにと、御自ら馬上に跨り敵襲に備えている。考えて行動に移した事は流石と言うべきである。しかし申し訳ないが、奴等の性格を考えるとまだ休んでいても問題無いだろうと思う。
そう考えていた矢先、伝令が駆け込んで来た。
「申し上げます! 偵察に出ていた兵より接敵の報告! あと二刻(一時間)程で我等と接触する見込みです!」
「分かった、下がれ。殿下、出陣ですぞ」
「わ、分かった」
…………
確かに遠方に敵らしき一団が見える。陰陽頭のように遠見の術が使えるわけではないが、大規模な砂埃は隠しようがない。
「……沢山いるな」
「ええ。しかし、彼等は我等に勝ることはありません。曹操殿に教えてもらったあの兵器が正しく使えれば、間違いなく我等が勝ちましょうぞ」
聞いた殿下は、覚悟を決めたのか唾を飲み込んだ。まだ緊張は解けていないだろうが、指示する者としての役割を自覚されたように思われる。
「殿下、敵が動き始めました。用意を」
「分かっている、総員配置! 指示を待て!」
新兵器が前に並べられる。夫々の間は空けてあり、使用後の此方側の行動を阻害しない形だ。側から見ると隙だらけにも思えるだろうが、この兵器なら問題は無い。
「……まだか」
「まだです。あと三町(約三三〇米)程お待ちを」
近づいて来る敵に対し、殿下が焦ってきたようである。これは敵を引き付けなければあまり効果を発揮しない。
「あと二町…………一町…………今です」
「良し、放て!」
殿下の号令と共に、それは光と轟音を放って敵へ向かって行く。
……王の視点
「陛下に申し上げます! 先行の戦車隊は壊滅! 敵は馬に直接乗って攻撃を!」
「何だと! 戦車隊が負けるなど……」
全く訳の分からない報告である。行く所敵なく負けを知らないあの精鋭が、東の未開民に敗北を喫するだと。
「敵は、光と音を放つ謎の兵器を使用! 戦車を牽く馬が正気を失い、制御困難になった後各個撃破され……」
「言い訳は聞いとらん! とっとと敵を押し返せ!」
「しかし、隊列は皆馬からの攻撃に混乱して……ぐっ!」
突如、報告の伝令が倒れる。背中には矢が突き刺さっていた。
「陛下!」
護衛が我を庇う。あれだけの兵が並んでいたのに、誰一人として敵を防げずそれどころか此処までの接近を許したのである。
「何をしている! 敵をさっさと追っ払え!」
「駄目です! 我が軍は最早壊滅状態です! 撤退の判断を!」
壊滅だと! 撤退だと! 此奴は気でも狂ったか!
「陛下! 撤退を!」
「…………分かった。撤退しよう……」
「よくぞ判断なされました。総員撤退! 急げ!」
結局、我が軍は惨めにも惨敗となったのである。
……押領使視点
「やっぱり、すごい爆音と光が……」
「期待通りの効果を示してくれましたな」
どうも殿下は、あれに耳や目を幾らかやられたらしい。暫くはお休み頂かねばならないだろう。
今回使った兵器は、火箭と火槍である。爆発物の付けられた槍が、火薬の力で飛んで行くのである。まだ初期型であるが故にその飛行精度は決して高いとは言えないが、平均して二町は飛ぶ。運が良ければ四町も届くだろう。今回はその爆発を威嚇の為に使ったが、予想通りに敵の戦車隊列は瓦解したようである。
「申し上げます。敵は撤退を開始しました。如何致しましょう」
「敵は退いたか。殿下、ここは予定通り追撃を」
「そうだな。殿が隠れているかもしれないから、警戒を怠る事なくこれを追撃せよ」
「はっ。準備出来次第出発させます」
伝令は指示を受け、兵に伝える為に去って行った。
「予定では、確かこの後は……」
「敵を追撃しつつ退避先の城邑の攻略です、殿下。情報が正しければ、其処こそが敵の都であるはずです」
「分かった。油断するなよ」
「勿論で御座います。どうやら、兵も行軍の用意が出来たようです」
「よし、前進せよ」
殿下の号令に従い、大人数の並んだ隊列は整然と進んで行く。
目指す先は西方。敵の都。神殿都市。
商人からの情報によれば、その城邑の名は「于留狗」である。




