第四十二話〜継ぐ者の責務〜
大和国、信楽宮。その大極殿。
大興帥から直奏が来たのは、統治十五年目の水無月十日であった。その内容は、聖武天皇に頭痛を齎してなお余りあるものであった。
「……ふむ、これは何とも……」
「おや、ちちう……陛下、どうなされましたか」
そう声を掛けて来たのは、現在聖武天皇の唯一の皇子にして春宮の基親王。ちょうど大極殿に入ったところで、己が父親の呻きにも近い声を聞いたのである。
「おお、お前か。いやなに、西川道の大興帥から直奏があってな。これがまた厄介なのだ」
「厄介……とは」
「それがな、西方の策動なのだ。何でも侵攻の可能性ありとな」
「成る程。大興帥殿にはがんばってほしいですね」
そう返して春宮は立ち去ろうとする。そこで聖武天皇はある事を口にした。
「基。お前も征討軍として西に征け」
瞬間、春宮は歩みを止め、振り返って父を仰ぎ見た。ぎこちないその振り返り方は、錆びついた蝶番の如き音がする様だった。
「……………………陛下、冗談とは人が笑えるものですよ」
「これが冗談な訳あるか。お前も既に元服した。春宮としての役割をそろそろ担うべきだ」
「いやいや私が将軍など荷が勝ちすぎます。それこそあの押領使にやらせるべきでしょう」
彼の言う押領使とは、源義経の事である。唐土統合後、その武勲を理由に京職から昇進したのである。余談だが、京職そのものは現在、左京大夫や右京大夫などが揃いつつある。京職に限らず凡ゆる部署にて、唐土統合後から人手不足が解消されつつあり、立つべき者が立つべき所に立てるようになった。
「うむ、確かに彼も適任だな。よし押領使、入れ」
「陛下今『も』って」
「気のせいだ」
残念ながら春宮の制止は虚しく、押領使が入って来た。どうも声の届く所に待機していたらしい。
「押領使義経、只今参上仕りました。主上、畏れながらもお話は伺っております」
「なら話は早い。卿は征討副将軍として征討将軍たる春宮に同行し、これを補佐せよ」
「勝手に決めないでぇ……」
「承りました。不肖この義経、必ずや任を全う致しましょう」
「了承しないでぇ……」
こうして対西国の征討軍が、春宮を将軍として──かなり強引ではあったが──成立した。押領使が彼を補佐する。
「ところで、陰陽頭は何処か。出来れば同行して欲しいのだが……」
「お呼びですか陛下。いや実はですね……」
そう、今回、陰陽頭はお休みである。毎回出張っていたら陰陽寮が回らないので、太政大臣に厳命されたのである。
「……なので陛下、私は共には行けぬのです」
「朕が宣下すれば……」
「太政大臣相手にですか」
「…………それもそうだな。よし、押領使のみの同行である。異論は認めぬ」
「元より反論の余地は御座いませんで。という訳で殿下、私は行けませぬが代わりにこれをお渡しします」
そう言って、陰陽頭は正式採用された会話用の魔道具を渡してくれた。その名も「遠話機 試作改型」である。今までの藁人形から木製の人型に変更され、効力範囲も拡大した優れ物。名前でも分かるように、これは言わばお試しである。
「……これは、遠話機か」
「ええ。もし助言などが必要なればこれをお使い下さい」
「陰陽頭、ありがたくもらおう…………ちちう、じゃなかった陛下、本当に行かねばなりませんか」
「お前は春宮だ。その役目は既に教育されたと思ったが」
「……分かりました。征討将軍として、必ずや帰って参ります」
「それでこそ朕が皇子よ。押領使、よく補佐せよ」
「ええ、必ずや」
源闢十五年、水無月十日。
春宮率いる征討軍はここに始動した。
此処までの拝読、感謝の念に堪えません。
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