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第四話〜異界式!未知との遭遇〜

 自室で目を覚ましたのは丁度日の出の時刻であった。予定通りとばかりにしたり顔をしつつ聖武天皇は衣冠に召し替え、朝餉にありついていた。余談だがこの日の献立は白米、味噌汁、焼いた干物、漬物と言う彼の生前では考えられない様な、しかし遥かな未来に於いては存続も危うい物である。

 自身にとっては新鮮な朝餉を頂いたのちに、彼は今日の計画を実行に移す為に大極殿へと移動した。


 …………


 大極殿には、既に道真と兵部卿が待機しており、高御座が組み立てられていた。天皇位を示す玉座たる高御座は、本来はこのように分解式であり、必要な時に必要な場所へ持って行って設営するのである。

 とは言え、この高御座はまだ使わない。近くの国がいつ何時使者を寄越しても対応出来るように予め用意してあるに過ぎない。彼は唯、脇に侍っている二人に用を伝える為に来たのである。


「直ぐに召喚術を行う。この前の広場に用意せよ」

「「承りました」」


 今回召喚するのは天文学に長け、暦に強い人物。俗に言う陰陽師である。聖武天皇自身は高名なものを知らないが、道真を召喚した前例を考えれば問題無いだろうと楽観していた。実際、この発想は的を外さない物であった。


 …………


 浄衣に召し替えた聖武天皇は、魔法陣の前に立っていた。此方側に流されてから二度目の召喚魔法陣である。脇には記録係の道真と、万一を考えて警護を担当する兵部卿が居る。二人とも正装である。


「これより召喚術を執り行う。卿は尽く全てを記録せよ」

「承知」

「この朝堂院と内裏の警備は万全です。御安心して進めて下さい」

「言われずとも」


 そして深呼吸を一つ。次には口をしかと開いて祝詞を朗々と唱えあげる。


「現界の時来たれり。其は星を読み、暦式を操り、陰と陽を分かつ者。朕が勅命に応じ此処に顕現せよ!」


 すると前と同じ様に魔法陣に光が溢れ、人型に収束した。暫しの後、その人型が全容を顕にした。高烏帽子を被り、浄衣を纏った老人が其処には佇んでいた。明らかな自然体であるのに得も言われぬ雰囲気を醸し出している。


「よくぞ朕が召喚に応じてくれた。卿の名前を教えて欲しい」


 聖武天皇の問いに、その人物は静かに答えた。

「私は其方の道真殿より数十年後の者に御座いまして、安倍(アベ)左京権大夫(サキョウゴンノダイブ)従四位下(ジュシイノゲ)晴明(セイメイ)と申します」

「安倍晴明か。朕が諱は首である。卿は見たところ陰陽師の様であるから、陰陽頭(おんみょうのかみ)に任じたい」

「陛下の仰せのままに」


 これで最低限の機能は揃っただろう。一段落した所で聖武天皇は彼に早速仕事を依頼することにした。


「早速であるが、卿には暦を作って貰いたい。本日の夜を待って星を読み、作成の可否を伝える様に」

「陛下の思召しとあらば、陰陽師の名にかけて意地でも作って見せましょう。しかし夜になる迄は暇で御座いますので、必要な式神でも編んでおりましょう」


 思いがけない産物である。星読みであれば重畳と思っていた彼は晴明の技量の高さに驚かされた。


「其れは良い。是非頼んだ」

「承りました」


 こうして二度目の召喚術も無事成功したが、精神力の消耗はやはり慣れぬ物である。兵部卿に肩を支えられながら内裏へと戻り、休む事にした。


 …………


 浄衣から衣冠へと召し替えた聖武天皇は件の人物図鑑で晴明の頁を読んでいた。


名前……安倍晴明

種族……半人半妖(父は人なれど母は九尾狐)

官位……左京権大夫、従四位下

概要……延喜二十一年から寛弘二年の人物である。平安時代随一の陰陽師であり、陰陽道や天文道の他にも精通している。村上帝や花山帝、一条帝に使えており、夫々の帝から寵愛を受けている。その為、陰陽頭に任ぜられた事は無いがそれよりも高い位階に叙せられている。晩年は天文道の知識を買われて主計寮(かずえのつかさ)に配され、主計権助(かずえごんのすけ)や左京権大夫、穀倉院別当(こくそういんべっとう)播磨守(はりまのかみ)などの官職を歴任した。


 中々に面白い人物である。それだけの評価をしながら陰陽頭に任じなかったのはやはり当人の希望であろうか。責任職と言うのはいつの世も肩の荷が重いものである。

 そうこうしているうちに日が高く昇っていたので、昼餉にした。精神力が消耗しているので、淡白な味わいでありながら精の付く食べ応えある献立が用意された。恐らく道真あたりの配慮であろうが、皇位継承者の胃袋を舐めてもらっては困る。こう見えても重圧で胃が痛くなるのである。

 呆気なく平らげられた料理の膳は女官に片付けられた。やはりいつ見てもあの白い面は不気味だと思う。

 さて暫く休もうかと寛いだ所に、一枚の紙切れが飛んで来た。見たところ人の形をしている。これが陰陽師共の使うと言う形代か。其処には簡潔に文章が書いてあり、文として飛ばされた様である。

 〈現地民使者参る。至急用意され給え〉

 もう来たのか。僅かな驚きと共に彼は大極殿へと急いで向かった。


 …………


 大極殿近くに来ると兵部卿の式が立っており、入る場所を示している。其方へ向かうと、其処には道真が何かを手に持って待ち構えていた。


「陛下、彼の国から使者が遣わされております。言語が違う事が予想されますので此方の魔道具をお使い下さい。携帯するだけで読み書き会話に苦労しない優れもので有ります」


 そう言って渡されたのは板状で黒く光沢のある物であり、見た目以上に軽い。取り敢えず懐に仕舞って、対応を考える。使者が遣わされているのなら前の広場に待たされていよう。彼はそう考え、堂々と高御座に座した。

 其処にいたのは彼の国に於いて恐らく政府高官とされるだろう人物であろうか、玉の首飾りを着け、高価だろう織物による服を着ている。其の者が口を開いた。


「本日は突然の訪問にお応え頂き感謝の念に絶えません。我が姫巫女からの国書と贈り物を持参しております故、どうぞお納め下さい」


 そう言って男が差し出した物は賜品目録と国書であった。先の魔道具はしかと機能しているようであり、聞き慣れた言語が聞こえてくる。

 賜品に関して、特筆すべき点は無い。強いて言えば、生前も地方からの納税で見たことがあるくらいか。

 早速国書開封し、読んでみる。彼等は文字を持たぬようで、絵文字が羅列されていたが苦労して読む必要は無い。直ぐに文字群の下にやはり見慣れた言語が浮かび上がって来た。


 〈日出づる国の天子より日没する国の神僕へ送る。(つつが)無きや云々〉


 相手はどうもこの都の事を新興の村落が何かと勘違いしている様だ。更にこの後には以下の様な文言も記されていた。


 〈新たな村には後ろ盾が必要でしょうから、我が国にお任せ下さい。財物の幾らかの献上と毎年の納税で我が国の庇護下に入れて差し上げましょう〉


 相手の程度は最早知れたものである。此方が何たるかも碌に考えず又報告も受けず、斯様な文を送ったのである。これを握り潰したい気持ちは山々であるが、ここは一旦落ち着いて対応しよう。


「国書の内容、確かに拝見した。我が国の返事を国使に届けさせよう。そうさな、明日に其方へ伺う」


 相手は明らかに動揺した。当然だろう。誰が読んでも属国化を要求している事は明らかであり、彼等は君主が見苦しく罵る様を楽しむのが常であったろうから。実際、此方が国書を読んでいる際も目の前の男は薄ら笑いを浮かべていた。如何な反応を示すかが楽しみだったのだろうが、それはここで打ち壊させて頂く。


「し、しかし、貴国の将来に関わる大事ですぞ。もう少し臣下と話し合われても……」

「構わぬ。貴国では議論の場が設けられるようだが、我が国に於いては結論の決まっている話し合いなぞせんでも意思統一くらい訳もない。明日に返事を届けさせる。姫巫女とやらに伝えろ」

「は、はぁ……」


 何とも腑抜けた返事をして、男は去って行った。よく見れば使節団も中々貧相なものである。着飾っていたのはあの男只一人であり、それ以外はどうも奴婢(ぬひ)の如く見え、しかも僅かに十三人である。

 取り敢えず彼奴等の事は一度置いておくとして、伝令を送る事にした。


「陰陽頭に暦作成を急がせる旨取り急ぎ伝えよ」


 式は小さく頷き、人間離れした速さで駆け抜けて行った。

 それが行ったのを確認し、彼は内裏に戻る事にした。


 …………


 内裏でそそくさと夕餉を摂っていると何者かが近づいて来る足音が聞こえて来た。果たして、やって来たのは余りにも場違いな小童であった。恐らくはこれも陰陽頭の操る式神であろうかと当たりを付ける。


「陛下、晴明様が御報告したい事があると仰せられて居ります。見た所夕餉の最中ですが、お呼びして宜しいでしょうか」


 式神は喋る事も出来るのか。聖武天皇はくだらない事に感心しつつ返答した。


「構わぬ。朕が前に呼んで参れ」


 返事を聞いた式神はさっさと立ち去り、直ぐに陰陽頭がやって来た。


「失礼仕ります、陛下。お召し上がりになりながらで構いませんのでどうかお聞き下さい。暦の作成に関する御報告に御座います」


 予想ではもう暫しかかると思ったが何か起きたのか。黙ったまま、報告を待つ。


「実は衝撃の事が判明致しました。と申しますのも、日月の運行が陛下や私の生前と寸分違わず同じでありました。恐らくは星々も同じ様に動くでしょうから、生前の暦が殆どそっくり利用出来ると思われます」


 右手から箸が落ち、永遠とも言える様な無言の時間が経過した。実際には数秒程度であろうが、聖武天皇本人にはそれくらいの衝撃であったのだ。


「……それは真か」

「恐らくは、私の代に使われた宣明暦で問題無いかと。加えて、もしそうであった場合には、明日には「あれ」が観測されると予想されます」

「なんと。そうか、「あれ」が……」


 彼等しか知る由の無い「それ」が観測されると聞いて、聖武天皇はある考えが浮かんだ。それは、今日使者を派遣した国にやり返すのみならず事によってはより大事に至るものである。

 陰陽頭と夕餉の膳を下げさせた彼は、単衣に召し替えて就寝準備をしつつ、明日に思いを馳せた。

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