第卅六話〜凱旋〜
……京職視点
皇宮の門は一切が開け放たれていた。どうやら本当に降伏するようである。
「……やはり、どこからどう見ても……」
「……長安の宮殿ですね、これは……」
もう、相手が何者かはなんとなく分かっているが、直接会うまで断定は出来ない。狄仁傑なる者の後を付いて行く。
「お待たせしました。此処が陛下の御住まい、太極宮で御座います……ああ、貴方方はご存知でしたね」
「……周王は何処に居りましょうか。時間稼ぎは悪手ですよ」
「中に居ります。用意がありますので暫しお待ちを……」
そう言い残して彼は建物内に入って行った。いよいよ対面である。先に兵に指示を出しておく。
「さて。諸君ら五十人は此処を包囲、もとい、これを守衛せよ」
「承りました」
五十の兵は各自散開し、配置に付いた。丁度その時、狄仁傑が我等を呼びに戻って来た。
「お待たせしました。陛下は中でお待ちです」
…………
本来は生活の場であろう部屋は、臨時の謁見室となっていた。困窮する中で成る可く煌びやかな装飾を施し、即席の玉座を用意してある。其処には、一人の女性が堂々と、しかしあまり芳しくないように見える様相で座っていた。飽くまでも勝者は此方側なので、礼儀は最低限とする。
「良くぞここまで参った。朕はこの周を治めし皇帝、聖神皇帝である」
「お初に御目に掛かります。大和陰陽頭、賀茂晴明と申します」
「同じく大和将軍、遮那王である」
皇帝を名乗る人物が女性であり、国号は漢風である事を考えれば、相手の正体は最早明瞭である。陰陽頭が先に動いた。
「早速ですが、本題に入ります。全面的に降伏してくださいますね、皇帝陛下……いえ、武照殿」
どうやら相手には大変衝撃的な出来事であったようだ。無論言ってもいない本名が知られていたら、しかもそれが先程までの敵であったら、その驚きも当然である。
「……貴様、何故その名を……」
「簡単な事です。狄仁傑なる人物を臣下とする人間は間違い無く我々の主上と同類の方でしょう。その上で周と言う漢風の国号を用い、女性でありながら皇帝を名乗る人物となると、私は一人しか知りません。其れこそが貴女の正体。後世において悪名高き女性の帝位簒奪者、己を弥勒の生まれ変わりとする元道士。何か、間違いはありますか」
彼女……武照は言葉を失っていた。少し言葉を掛けても反応しない。どうやら、今日中の会談は難しそうである。
「狄仁傑殿、後日改めて会談を行いたい。よろしいかな」
「……敗者たる私達に拒否権があると思われますか」
「全く思わんな。それと、武照が君の他に召喚した者がいれば、一人残らず呼び戻せ。これも拒否権は無いぞ」
「……一人は南方で、もう一人は北方で土地を治めております。其方から使者を発して呼ばれるのがよろしいでしょう。勅令書を後でお渡しします」
「成る程、左すれば貴殿の逃亡も阻止できるな。そのようにしよう。では」
「次は恐らく、主上も参られるでしょう。狄仁傑殿、用意に怠りの無いようにお願いしますよ」
それだけ言い残して、この太極宮を後にする。長安の外に転移陣を構え直さなければならない。と言うのも、侵攻の際に一度外のそれを無力化しているからである。
「急いで主上に奏聞せねばならんな。個人用の転移陣は作れるか」
「では、行幸用の者の試験序でにやりましょう。敵はもう来ませんから堂々と置けますね」
「そうだな、そうしよう」
こうして直ぐに陣が組まれ、京職は幾らかの部下を連れて信楽宮へ戻った。
…………
送り出されてから数ヶ月。そろそろ年を越すかと言った頃合いに帰還した。
「京職、只今帰還仕った」
「おお、京職様、よくぞ戻られました。大極殿で陛下がお待ちです」
出迎えてくれた太政大臣の指示通り大極殿へ向かうと、果たして其処には主上が高御座におわして居た。
「不肖源京職義経、只今帰還仕りました」
「うむ、よくぞ帰って来た。先ずは詳細を報告せよ。勝ったか、負けたか」
「一から順に御説明申し上げます」
こうして主上は、本戦闘の詳細とその結果、則ち我々の勝利を知ったのである。
「……大筋、相分かった。となると、後の予定は……」
「御存知の通り、長安行幸で御座います」
「そうだったな。では、急ぎ用意しよう。卿も疾う用意せよ」
「承りました。失礼します」
大極殿から退出する。主上の行幸あって、初めて周の制圧は達成されるのだ。元々そう予定されている。
自分も急いで正装を着なければならない。
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さて、やっと敵の正体が分かりました。
聖神皇帝とは本人の自称であり、現代日本では武則天或いは則天武后で知られております。
周とは、武則天統治時代に彼女が付けた国号でありますが、後世においては武周と呼ばれ、古代国家の周と区別されます。詳しくは手ずからお調べ頂ければ幸いです。




