表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/106

第卅五話〜遂にその時が〜

 ……聖神皇帝視点


 ちょっとした物音で目が覚めた。安心したとはいえ、極度の緊張下にあっては人は敏感になるのだろう。

 物音の正体は、この神聖なる太極宮に入り込んで来た矢文であった。


「何故矢文が……」


 広げて見ると、しっかりと漢文が書かれている。

 手紙には、以下の文だけが記載されていた。


 〈降伏不然死〉


「降伏か、然らずんば死か、とな。調子に乗りおってからに……」


 その直後、鋭い音を立てて横から何かが掠めて行った。それも一本だけでなく、何本もである。

 余りの驚きに声をなくし、飛んで来たものを探すと、果たせる哉、それは大量の鏑矢(かぶらや)であった。確実に敵襲、それも完全な奇襲である。


「……て、てきしゅ……」


 声を上げようとした瞬間、外から大きな音と眩い光が差し込んで来た。今度は何事か。

 動かぬ足を何とか動かし、窓から外を眺めると、そこは数多の火箭が飛び交う地獄と化していた。

 見え難い鏑矢、輝く火箭。鳴る鏑矢、響く火箭。飛び込む鏑矢、飛び回る火箭。

 もう、頭がおかしくなりそうだった。


「な、なな、なんと……」


 その時、また矢文が飛び込んで来た。あと少しずれていたら確実に命中である。正に間一髪。

 震える手で手紙を開く。


 〈即答。降伏不然死〉


 最早、抵抗する気力なぞ失われていた。

 やっと部屋に駆け込んで来た仁傑に、その手紙の答えを伝えた。

 彼は悲痛な面持ちで長く考え込んでいたが、やがて腹を括ったのか、賛同してくれた。

 こうしては居られない。急ぎ使者を派遣せねば。


 ……京職視点


「確認。矢文はどうか」


「予定通り打ち込みました。上手く行けばもう降伏準備に入っているでしょう」


「うむ。火箭はどうか」


「全て撃ち尽くしました。今頃、(やっこ)さんは度肝を抜かれているでしょう」


「うむ。皆、良くやった。早急に帰還する」


 今回の作戦は至極単純、緊張で張り詰めた敵の糸を強引にぷっつりと切るのである。

 ここまで包囲されれば、いくら敵とて不安に駆られる。そこで進軍を停止すれば、敵を食い止めた安心感と侵攻の恐怖が綯い交ぜになる。結局、普段程食事も喉を通らずに……或いは都合上あまり摂らずに……寝る事になるが、良く寝られる筈もなく。そこでこの睡眠を徹底的に破壊するのである。

 使用したのは鏑矢、火箭の二種類。場合によっては漏刻の鐘も鳴らそうと思ったが、どうやら不要だったようである。

 さっさと帰還して、明日を待とう。


 …………


 翌日、朝。


「京職様、陰陽頭様。敵方より使者が来ております」


「うむ、通せ」


「では、しばしお待ちを」


 皇宮のすぐ外に移した本陣の天幕へ、敵の使者がやって来た。恐らく降伏するのだろう。


「やっとだな、これで帰れる」


「……だと良いんですがねぇ。向こうから我々と同じ匂いがしますよ」


「何だと。と言う事は……」


「使者も使役魔か、近い類でしょうね。面倒でなければ良いのですが……」


 一体、誰が来ると言うのか。邑内の構造を見る限りは明らかに長安であるから、唐土の人物なのは間違いないだろう。いや、抑も使役魔が呼べると言う事は……


「京職様、使者をお入れしてよろしいでしょうか」


「う、うむ」


「では……使者殿、此方です。御無礼の無きよう……」


 入って来た人物を見て、陰陽頭は何かに気付いたようである。


「お初にお目にかかります。代表使節として参りました、狄仁傑と申します」


「……大和将軍、遮那王(シャナオウ)である」


「同じく大和陰陽頭、賀茂晴明(カモノハレアキラ)と申します」


 二人は彼を警戒し、偽名を伝えた。京職は幼名を答え、陰陽頭は自分の師の苗字に名の訓読みを繋げたものである。


「して、何が為の使者か」


「無論、貴殿らの望む我等の降伏の件であります。主上は降伏の決断を下されました。城門は皆開門致します」


「……相分かった。陰陽頭、何とする」


「取り敢えず五十人ほど兵を送って周王の監視に当てましょう。開門時に逃げ出されても困りますからね」


「……では、御自由にどうぞ。国書はここに置いておきます。では私はこれで……」


 何とも使者らしからぬ態度で彼は去って行った。


「何だったんだ、彼奴は……」


「恐らく斯様な役回りは経験がないのでしょう。ほら、貴方宛の国書ですよ」


「そうだろうか。して、これは……うむ、降伏文書だな」


「でしょうね。兵はどうしましょう」


「適当に選んで送っておけば良いだろう」


「では、そのように」


 源闢五年、閏師走五日。

 周は、大和に膝を屈した。

本話もお読み頂き有難う御座います。

第三帖はまだ続きます。

感想とかはツイッターでもどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ