第卅三話〜目と鼻の先〜
……京職視点
源闢五年、師走二十日。
高麗国上陸から三ヶ月ほど経過した今、京職を筆頭とする千四百名は、人目につく事無く……あっても闇討……周の都へ続く大河へと達していた。
周の民が〈黄河〉と呼ぶこの大河の上流、そこから更に別れたる運河を上ればそこには都があると言う。
「陰陽頭よ、これでは生前の唐土そのままでは無いか。この情報、確かに合っておろうな」
「ええ。こっそり現地民から聞き出しましたし、式神を先遣して確認しました。唐土の長安と同じ地理条件の場所に、奇しくも〈長安〉を名乗る都城が築かれている様です」
「ふぅむ……」
場所が分かれば直ぐに向かえば良さそうなものだが、そうもいかない。
先ずは都の形状、則ち防御体制である。変わりない集落程度であれば、設備は有っても木柵程度。ところが、都城ともなれば話は変わる。こんな少人数で巡らされた羅城を突破するのは至難の技であろう。
そう、二つ目の問題はこの少人数である。本来はどこか都合の良い所で転移陣を敷き、大軍を呼び寄せる予定であった。しかし、相手が半要塞ともなれば、当然成る可くこれは近い方が良い。されど整備された条坊制では、斯様な土地を手に入れるのは難しいと思われる。
「まあ、先ずはこの川を上らねばなるまい」
「それが宜しいかと。何とか見つかりにくい経路を探しましょう」
川を直接遡上すれば勿論早く着く。しかし、そんな事をすれば直ぐに見つかってしまうだろう。畢竟、川は道しるべ以上の意味を持たない。
「あとどれくらい掛かるだろうな」
「恐らくは半月、遅くとも一ヶ月かと思われます。今年は確か閏月が有ったはずなので年は越さないかと」
「ふむ、成る可く早く着きたいものだな。寒さが身に染みる様だ」
「全くです。軍団転移の際に防寒の類の道具も持たせましょう」
彼等は川に沿って北上して行く。人目につかぬよう、出来る限り早く着けるよう。
…………
同年、閏師走三日。
大凡陰陽頭の予想通りの時期に、彼等は長安を臨む迄の場所に辿り着いた。
「ふむ、あれが敵の都か。どこからどう見ても唐土の都だな」
「ええ、寸分違わず長安ですね。だとすれば都の構造は丸分かりで大助かりなのですが」
「違いない。彼処に丁度、羅城から死角になりそうな窪地があるぞ」
「……あれなら、そう、広さも良さそうですね。彼処に転移陣を敷きましょう」
「承知した。総員窪地まで前進、野営用意せよ」
あっと言う間に窪地を確保し、転移陣が敷かれた。
円の中に晴明九字を描き、周囲を呪言で囲ったものである。
用意が出来ると、陰陽頭は藁人形を懐から取り出し、語り掛けた。
「……応答、応答……繋がりましたね。転移陣の用意が出来ましたが、其方は……出来ていますか。転移用意、軍を円内に並べなさい。……並べましたか、では後は此方から動かします」
通話を終えると藁人形を仕舞い込み、印を結んで呪を唱え始めた。
「急急如律令。請接続源、請転移軍団……」
俄かに陣は青白い光を放ち蓄え、それは直視出来ぬ程に強くなっていく。
やがて光が収まると、其処には夥しい数の兵が待機していた。
「……成功したようですね。京職殿、引継ぎを」
「相分かった。諸君、所属を述べよ」
先頭にいた兵の一人、恐らくは大毅だろう者が進み出て報告する。
「我等合計二万五千、宣下賜り閣下の直属と相成りました」
「分かった。では早速だが諸君らも野営の用意をせよ」
「承りました」
呼び出された大軍と合わせ、実に二万六千四百もの兵が集結した。目標はただ一つ、都の制圧である。
羅城に動きはない。どうやら此方には未だ気付いていない様である。
「閣下、どうやら奇襲は出来そうですな。どう動きますか」
「まあ慌てるな、考えておるわ」
京職はこの後の動きを頭の中で演算し、可能だと結論付けた。
三万の喪失を知らぬ皇帝は、敵の接近さえも知らずに体を休めていた。
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