第三十話〜勃発の前夜譚〜
……聖神皇帝視点
「……で、報告は以上か」
「は、はい、過不足無く、も、申し上げ、ました……」
「……もう良い。下がれ」
「は、はっ……」
周、長安。
使いに遣った者共が数を減らして帰って来たので直接報告を受けた。その一切を包み隠さず、誇張も偏見も況んや虚偽も無く。
あの東夷の王は無礼にも、使節のうち一人の首を刎ね且つもう一人にそれを持ち帰らせたのである。無論これは愚の骨頂である。
「さて、荻よ。朕はどうするべきと考えるか」
背後に控えていた朕が忠臣、狄仁傑は答える。
「恐らく陛下の思召しの通り、攻め滅ぼして差し支えは無いと考えます。我等に仇為す蕃族の類は粗方抑えられ、兵力の集中も叶います。報告に従うなれば国力も小さい国でしょうから、取るに足りますまい」
「流石は荻、朕の考えも見通すか。では、兵を出だすにはどれだけ掛かるか」
「ふむ、そうですね……総兵員三万、軍船八百艘と見積もって……六ヶ月程で良いかと思われます」
「では、その通りに行こう。詔を発す。東夷の島を平定せよ」
「はっ、仰せの通りに」
今から六ヶ月だと、大凡九月ごろであろう。用意が整い次第、出兵させる必要がある。
この国を、そして朕を愚弄した者の末路をその身に刻み込もうぞ。その体を以て償いとしようぞ。天命受けしこの国が、どうして東夷に敗けようか。最早勝利は掴んだも同然である。
……聖武天皇視点
信楽宮、内裏。
聖武天皇は京職を呼び出して対周国防策を伝えていた。
「……以上、これを卿に実行して貰いたい」
「分かりました。恐らく相手方は用意に半年前後掛かるでしょうから、それまでに出来るだけの事を為しましょう」
「うむ。宣旨、確かに下したぞ」
「宣旨と節刀、確かに受けております。では、失礼仕ります」
講じる対策は主に二つ。
一つは、沿岸防備である。現状のままでは、上陸されたら都まで一直線も同然である。その為、北岸に人の背丈程の石塁を設け、文字通りの水際防衛を行う。
もう一つは海上戦の用意。守ってばかりでは直ぐに飢えてしまうので、出来るならば水際に移る前に撃退するのが目的である。その際の大まかな戦法は伝えたが、大半は京職に任せてある。
「これさえ出来れば、後は……」
後の事をより細かく定める為、聖武天皇は太政大臣を召して相談をする事にした。
……京職視点
「……という訳で、言った通りの造船をお願いしたい」
「へぇ、しかし、お役人様、こりゃとんでもない時間がかかりますぜ」
「なるべく急いでくれ。出来れば、そうだな、五ヶ月後迄にだ」
「五ヶ月って、またとんでもない……」
隼人国、船着場。
ここには、船の修繕の他にも建造を担っている施設がある。海上戦に備える為、京職は船の調達に来たのである。その数、実に二百艘。
「伏して願う。これが叶わねば亡国の危機なのだ」
「はあ、そこまで言うならば、数は用意できますが、大きさはそこの漁船より幾らか大きい程度の者になりますぜ」
「それくらいで構わん。やってくれ」
「へぇ、では。オシ野郎供、仕事だァ!」
「「「「「応ッ!」」」」」
作業員が建造に取り掛かるのを見届け、京職は此処を去った。用は済んだので、長居は無用である。
当然ながら、小型の軍船だけでは足りない。その為、蝦夷国の商船を何隻か徴発する手筈になっている。残るは兵員の訓練と、或る装備の開発である。
「果たして、上手く事が運ぶだろうか……」
目下の懸念は、この新装備である。憖使役魔としての知識しか無い為、成功する保証が無いのである。似たような物の存在は、記憶の片隅に示唆されているのだが、遥か西方の兵装を完全に再現するのは流石に骨が折れる。結局、独自に開発せねばならない。
考え事をしつつ、練兵場のある近江国へ戻って行った。
本話もお読み頂き有難く存じます。
評価、感想、ブクマ、レビューその他諸々も何卒。
前話に続いて字数が足りないと思われるやもしれませんが、これは筆者の力量不足である事を此処にお詫び致します。どうか今後も温かい目で見守って頂ければ幸いです。




