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第三話〜異界の山に月は出るのか?〜

無論前回の続きです。

ごゆるりとお読み下さい。

  心地良い眩しさを感じて目が覚めた。目の前に広がるのは自室の天井であり、身に纏っているのは正真正銘自らの単衣である。

 その中に一つだけ見慣れない物が見えていた。それは、何やら白い面をつけた女である。恐らく女官辺りであろうが、抑も人間かも怪しい。


「卿らは何者かね」


 そう尋ねると、彼女らは文を差し出してきた。これを読めと言うことか。

 文の内容をざっくり纏めれば、曰く道真の使役する式の類であると言う。使役魔が使役魔を使うと言う、何とも混沌とした光景である。

 取り敢えずその式の助けを借りつつ衣冠へと召し替え、日の高さを見る。大凡朝と昼の間か。


「誰か、朝餉の支度などせよ」


 試しにそう命じてみた所、軽い物を既に用意していたようで、膳の用意が為されていた。今日の少し遅い朝餉は、栗の混ぜ飯と漬物、それに鱧の吸物であった。少なく思えるが時間的には丁度良い分量である。


「美味かった。して、兵部卿と道真殿は何処か」


 彼女らも優秀なようで、膳をてきぱきと片付けつつ彼らが壬生門側の朝堂院にいる旨を教えてくれたので、腹ごなしも兼ねて其方に向かう事にした。


 …………


 朝堂院に辿り着いて見ると、二人とも何やら忙しなく動いているのが見て取れた。もしかしてあの兵も兵部卿の式なのだろうか。彼は先ず道真に話し掛ける事にした。


「これはこれは。お早う御座います」

「ああ、おはよう。それと、朕の事は良識の範囲内でどう呼んでも構わぬ。許そう」

「では陛下。早速ではありますが奏上したい事が御座います」


 召喚されて直ぐに仕事とは、中々に熱心なものである。


「何か朕にやって欲しい事があるのか」

「はい、恐れながらも陛下には宝物目録の作成をお手伝い頂きたく存じます。」

「確か正倉院に収めていたな。案内(あない)せよ」

「仰せの通りに」


 朝堂院から暫く歩いた所に、正倉院の倉は静かに並んでいた。塀で囲まれた中に校倉が建ち並び、見る者を圧倒する様な荘厳さがある。尤も、用もなく見る者はそういないが。


「陛下。倉の中は通気があるとても埃が舞うやも知れません故、こちらの覆いをお付け下さい」


 そう言って手渡された物は、鼻と口を覆える大きさの白い布に紐を取付け、後ろで結べる様にした物である。身に付けて見ると少々息苦しいが、埃でむせる事と比べれば遥かに楽である。


「では、始めようか」


 …………


 終わる頃には既に昼を過ぎていた。今日はよく時間を外すと考えながら彼は覆いを外した。

 実は、正倉内で面白い物を見つけたのである。それは何を隠そう皇位の御印、俗に言う三種の神器である。あるのだが……


「全く、皇祖神はどうしてこんな事をなさったのか、朕は理解に苦しむ」

「今回ばかりは同情致します……」


 なんと、あの皇祖神(アホめがみ)によって神器が改変されていたのである。


・草薙剣……元々は天叢雲剣だが、波斯(ペルシャ)風の文様が所々に見受けられる。今回の改変では一番原型を留めているのがこれである。

・八咫鏡……お馴染みのあの丸い鏡が、何故か小さくなって首飾りになった。一応は本来の用途である鏡として使えるのだが、いかんせん心許ない。

・八尺瓊勾玉……本来はあのへにょっとした形の宝玉であるだけなのだが何を思ったのか冕冠(べんかん)にされてしまった。最も原型を留めていない。


 そしてこれらに添えられた簡単な文が一通。


 〈現地人に分かり易いように変えといたからネ☆〉


「殴ったろか」

「陛下、お気持ちは痛い程よく分かりますが一度落ち着いてお考え直し下さい。此処の民草に陛下が統治者である事を知らしめるには斯様に示威的な物であった方が都合が良いかと」


 怒り心頭であった聖武天皇だが、道真の言葉でふと我に返った。改めて考えてみれば確かにその通りであると思い至ったようである。


「ふむ、それもそうだ。駄女神め、命拾いしおったな」


 道真は未だ怒り治らぬ聖武天皇の意識を戻そうと、一計を案じた。


「時に陛下、魔道具という物をご存知で御座いましょうか」

「まどうぐ……?朕は知らぬ、教授せよ」

「勿論で御座います」


 要約すると、特殊な魔法陣なり何なりを物品に刻み、以て妖術効果を付与した道具や絡繰の類であると言う。


「と言う訳で不肖この道真、陛下が入用であろうと思った魔道具を急遽製作しております。名付けて状態測定表示装置で御座います」

「分かり易い名前だ。して、どう使う」

「上部の黒い丸窓に右手の親指を押し付けて少しお待ち頂ければ、中の式が即座に読み取って前方一間程の所にその結果を書き記した板と共に出てきます。装置の下部にある赤い出っ張りを押し込んで頂ければ終了します」


 何とも面妖な絡繰ではあるが、異界に渡って来た自身の状態を把握しておくのは上に立つ者として当然の義務とも言える。早速やって見ることにした。

 果たして、結果は以下のようになった。


 戒名……沙弥勝満

 追号……聖武

 種族……人(神性保持)

 体力……五八〇 中 五七五

 魔力……三〇〇 中 二〇〇

 異常……無し


「流石は陛下。昨日の夜に私を召喚したのにもうここまで魔力を回復為されている。明日にはもう一度召喚が出来るでしょう」

「そう言う物なのか。して、異常とは何か」

「状態異常と呼ばれる物があります。毒や狂乱、呪いなどが挙げられるでしょう」


 あまりよく分からないが、恐らくそんな感じの嫌らしい妖術を使う物が居たりするのだろう。取り敢えず自身の状態を把握した聖武天皇は、明日にまた召喚術を行う事にした。


「因みに、体力が僅かに減っているのは何故か」

「先ほどの整理の折に柱に手をぶつけた故かと」

「成る程。ところで腹が減った。昼餉の支度などせよ」

「承りました」


 聖武天皇と道真は一度夫々の自室に戻り、昼餉を摂る事にした。


 …………


 道真の勧めで件の神器を持ち帰った聖武天皇は、今日はもうやる事が無いと言う事実に気が付いた。

 抑も未だに都として機能していないので当然ではあるのだが、何もしないのも中々に暇である。


「そうだ、兵部省に行こう」


 ふと、そんな事を思い立った彼は片付けを女官に任せ、かなり離れた兵部省へ……因みに、内裏から見れば兵部省は殆ど反対側である……歩いて行こうとした。すると何者かが袖を引く。見れば先の女官であり、文を携えている。どうも彼女らは口がきけない様だ。

 文には、車が用意されているから使って欲しい旨がある。確かに彼処は遠いから、車を使って当然である。彼はその申し出に従う事にした。

 車はしっかりと装飾が為されており、快適であった。ただ一つ、御者や牛迄もが白い面を着けていて少し不気味に感じた。のんびりと揺られつつ、彼は兵部省を目指した。


 …………


 着いた頃には日が落ちかけており、兵が松明を用意している。やはり彼らも面を着けていた。

 聖武天皇は兵部卿に会うために来た訳ではないが、どうせ暇なので話し相手になってもらう事にした。

 中を覗いて見ると、兵部卿の他に道真も居た。何か相談をしている様である。兵部卿が此方に気付いた。


「これは陛下。兵部省くんだりまで、如何なされましたか」

「なに、暇潰しにと思ってな。何を話しているか」


 これに答えたのは道真である。


「今後、此処を如何に発展させるか、意見交換をして居ただけに御座います」

「ほう、発展とな」


 実は聖武天皇自身も前にその事は考えていた。しかし信楽宮を繁栄させると言う一点に於いて、決定的に足りない物に気付き、断念せざるを得なかったのである。


「だが、周辺に対する主権も無しに発展も何も無かろうて」


 そう、飽くまでも此方に飛ばされたのは聖武天皇自身と信楽宮つまり京域のみであり、本来統治すべき土地は無く、また民も居ないのである。


「ええ。陛下もご存知の通り、我々は土地も民も持っては居りませぬ。然し乍ら兵部卿の派遣した斥候により、面白い事実が分かったのです」


 此処からは兵部卿が言葉を繋いだ。


「この都からそう遠くない所に、大規模な部族国家を発見致しました。周辺の集落からも貢物を受けていましたので中心的存在であると推測出来ましょう」

「では、その国を攻め滅ぼすのかね」

「そんな物騒な事は致しませんとも。実は今日の昼頃に、現地人がこの都の羅城を見つけ、慌てふためきながら逃げ帰って行きました。恐らく近いうちに使者がやってくる事でしょう」


 そんな事が有ったのなら直ぐに報告して欲しいと思ったが、良く考えてみれば其れのもたらす効果は大きい。もし上手く事が運べば……


「これでやる事は決まったな」

「ええ、我等が遥かに統治者として優れている事が分かれば彼等も従いましょう。幸い、彼らはごく原始的な農業を営んでおりましたので優れた暦を彼らに示せば良いでしょう」


 暦の作成と聞いて聖武天皇は明日にやる事を決めた。


「では、明日の召喚術は陰陽師を呼び出そう」

「其れが良いと思われます」


 話が纏まった所で三人の腹の虫が直訴し出した。


「ふむ、確かに既に夜分であります。陛下、夕餉など如何でしょう」

「勿論。すぐに支度などせよ」


 こうしてこの日は宴が開かれ、酔い潰れた三人を式が各々の寝床へと連れて行った。


 信楽宮の少し北にある山は、現地では霊山とされている。その霊山の真上には、聖武天皇の生前と寸分違わぬ様な丸く大きい望月が浮いていた。

次回はあの有名な人物が登場します。

変わらずお読み頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「殴ったろか」はやはり名言......。ってか陛下現代人漏れてますよ( 。∀ ゜) この回では様々な事が動き始めましたね。そしてちゃっかりと異世界転生では欠かせないステータス要素も入れてい…
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