第廿七話〜ゆるカン△〜
……とある密着記
──地の文職人の朝は早い。
「まぁ、好きで始めた仕事ですから」
先ずは人物の動きと会話、彼等の表情の確認だ。
「毎日毎日登場人物の心を覗かなければいけない。機械には出来ない」
真剣な表情で下界を見つめる。
「やっぱり一番嬉しいのは読者からの感想ですね。この仕事やっててよかったなと」
職人は笑顔で語った──
「……天満大自在天神殿、何をして居るのですか……」
引き攣った顔で尋ねるは天照大神。
「いえ、なに、ちょっとしたごっこ遊びですよ。しかし、自分の分身が地上で活躍して居るのは中々恥ずかしくもありますねぇ」
「……間も無く会合が始まりますよ。お急ぎなさい」
「おや、もうそんな時間ですか。只今参ります故、暫くお待ちを」
先に天照大神が出て行き、少しして天神がそれについて行った。
──以上、暇を持て余した天津神の遊びである。
……採ったどー!
蝦夷統合から暫く経った或る日、大極殿にて。
「陛下、蝦夷国から報告が上がっております」
「……国からの報告は原則として卿が一括して受ける筈だ。何があった」
「はっ、蝦夷国にて資源探査を実施して居たところ、現地の良民から〈Hurenupuri〉と呼ばれている山の存在を聞きつけました」
「ふむ。続けよ」
「はっ。そしてその山を探索したところ、中腹にて此方を見つけました為、臣から奏上致しまする次第です」
そう言って太政大臣が取り出したのは、赤褐色の光沢を持つ物体。それは彼等にとって見慣れたものであった。
「ほう。これは銅かね」
「御明察です、陛下。今後の調査次第ではありますが、もしかすると莫大な産出が期待されます」
「そうか。しかし、銅は良いものだ。銭貨にもなるし仏像も鋳造出来た。あの時は開眼供養に行けなかったことが心残りだが……」
「思い出に浸るのは結構ですが、まだ執務は残っておりますよ、陛下。では奏上は以上で終わります」
生前の思い出に浸る聖武天皇を置いて、太政大臣は自身の仕事へと戻って行った。
……にほい香移せ家づとにせむ
蝦夷国、山中。
征夷将軍、もとい、京職からの報告にて梅の木の存在が仄めかされ、陰陽頭が実地で探しに来たのである。
「……しかし、梅の花とやらは何処にあるんだか。幾ら歩けど梅どころかそれらしき色さえ見つかりません。これは京職の見間違いでしょうかねぇ」
本人曰く「幹で見分けた」と言う。普通に考えれば間違いである可能性が高いと見るべきだろう。
しかし、今回は直々の宣旨である。出来ることなら見つけたいもの。
そして探すこと三刻(一時間半)ほど。
「まったく、陛下も人使いがお荒くいらっしゃる。異世界まで来て桜梅の類があるとも限らないと言うのに……おや」
突然視界が開け、中央に木が一本だけ生えている空き地に出た。
大きく立派な梅の大木であるが、その花は殆ど散ってしまっているようである。
「……まあ、時期を考えればそうなりますね。幸い幾つか花が残っているので判別が出来ましたが、行きにくいわ少ないわであまり良いとは言えませんね。さて、どう報告しましょうか」
そう悩みながら周りをゆっくり歩きつつ観察していると、五、六輪ほど纏まって残っている枝を見つけた。
陰陽頭は早速式神を二人呼び出し、一尺半(約四十八糎)程の小刀を札で作って片方に持たせた。
「彼処にある枝をそれで切って来なさい。呉々も丁寧に行うこと。梅は直ぐに落ちてしまいますからね」
「承りました。暫しお待ちを」
二人は手際良く作業を行い、幸いにも一輪も欠ける事なく陰陽頭の手元に梅の枝が届けられた。
「晴明様、御所望の品に御座います」
「うむ。戻って構いませんよ」
式神は直ぐに見えなくなり、陰陽頭だけが残された。
「うん、これを添えて報告すれば幾分かましになるでしょう。さて、帰りますかね」
陰陽頭は念の為にその場所が思い出せるように紙に書き付け、その場を去って行った。
……族長保有妖術一考
「……儂の持つ妖術が何か、とな」
「ええ、陛下の宣下で調査せねばならんのです。どの様な物か、事細かにお教え願います」
隼人国、その国府が置かれた──飽く迄も予定だが──旧族長居館。そこに居たのは、隼人守と陰陽頭の二人であった。
「確か、陛下の嫁さんも元々族長だったと聞き及んでいる。其方の調査はしたのかね」
「皇后陛下の持つ妖術は……そうですね、星見の類でありました。まあ〈壱与〉としてではなく〈壹與〉として、でしたが」
「ふむ、では儂も教えぬ訳には行かんな。儂の持つ妖術は、実体化の一種だな」
「実体化……ですか」
「左様。ほれ、陰陽頭殿の手下か何かに攻撃した奴だ」
「式神の事ですね。確かに、彼等には多数の傷がありましたが……」
「なに、狩りの為に猟犬を出しとったらいきなり其奴らに噛み付いたでの、慌てて消したわ」
「はあ。通りであの正体が掴めなかった訳です。して、実体化の限度は如何に」
「そこまで大きくもない。猟犬程度なら十はいけるが馬は二頭が精一杯だな。殆ど役立たずだわな」
「そんな事はありますまい。さて、用事は済んだので私はこれにて」
「うむ。陛下にも宜しく伝えてくれると有難い」
「本来なら貴方も出向くべきなんですがねぇ。まあお伝えしておきますよ」
「……で、態々此処まで貴殿がやって来たと」
「ええ。という訳で、母礼殿の持つ妖術をお教え下さいな」
所変わって蝦夷国、大墓。母礼と陰陽頭、二人っきりの会話である。
「うぅむ、しかし、特に言うべき術も無いのだがな……」
「そこを何とか捻り出して。でなけりゃ私も帰るに帰れないのです」
「そうは言えどなぁ…………あっ」
「聞こえましたよ今「あっ」と言いましたね」
「いや何、空耳だろう」
「いいや確かに聞きました。さあ、白状なさい、実は何かあるのでしょう」
「ぐぬぬ…………他には言わぬな」
「勿論。この事を知るのは私と陛下のみでしょう」
陰陽頭はこの後、「多分」と小声で続けたが、幸いにも母礼には聞こえなかったようである。
「……実はな、とんでもなく運が悪いのだ」
予想の斜め下を行った答えに、さしもの陰陽頭も此処最近で一番と言えるような困惑を見せた。
「陰陽頭殿、今「何言ってんだ此奴」と言う顔をなさったな。何、先ずは話を聞いて欲しい」
「……はぁ。聞くだけ聞きましょう」
陰陽頭は懐に紙をしまい、書き取りを放棄した。
「幼き頃より兆候はあったのだが、確実になったのは村の長老に見てもらったときだった。「お主には、途轍もない悪運相がある」とか真顔で言われたのだ。事実、周囲もおかしいと思うような運の悪さだった故、皆これを信じた」
「……なんだか頭痛がしてきました……」
「まあそう仰せられるな、話は此処からだ。その後にだな……」
結局、この話は終わる所を知らなかったと言う。陰陽頭は最終的に〈母礼には特筆すべき妖術無し〉と報告したそうな。
……ここで外に目を向けて見ましょう
聖武天皇が島を統一したのと時を同じくして、大陸でも動きがあった。
彼と同じように此方側へやって来た数人の「誰か」の持つ力によって──或いは武力、或いは智力──世界は幾つかに切り分けられ、各々必要とする物を打ち立てた。
ある者は川辺に条坊京を。
ある者は沃地に神殿宮を。
ある者は孤島に交易港を。
ある者は砂海に寺院群を。
ある者は湖畔に金字塔を。
ある者は高地に大都市を。
そして、世界は動き出した。
本話もお読み頂き有難う御座います。
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