第廿六話〜ワレ併合ニ成功セリ〜
この発言にいち早く反応したのが母礼であった。
「族長様、それは余りにも性急では……」
「良いのですよ、母礼。阿弖流為を制御出来なかった私が責を負うべきなのです」
ここでもまた母礼は反論を試みたが、先程の説教を思い出してこれを踏み留め、別の話題を振る事にした。
「しかし、そうにしても、一度イゾゥに戻って話し合うべきと愚考します」
「ええ、勿論そのつもりです。という訳で、我等は一度領地へ戻らねばなりませぬ、陛下」
族長の提言、もとい要求に対して聖武天皇は暫し考えたが、通す事にした。
「ふむ。なれば、征夷将軍を同行させよう。征夷将軍、まだ節刀は持っているな」
「陛下より下賜されし物をどうして失くせましょうか」
「では征夷将軍は両名を護衛しつつ同行せよ」
「承知仕りました」
こうして征夷将軍は、蝦夷に於ける事の成り行きを見守る目的も含めて、彼等に同行したのである。
…………
征夷将軍他二名を送り出してより二日経過した弥生六日、午一刻(午前十一時前後)に征夷将軍が帰還した。族長は居らず、盛装の母礼を伴っている。
衛士の誘導にて大極殿前に連れて来た後、蝦夷に於ける議論の顛末を聞こうと、聖武天皇から切り出した。
「征夷将軍、そして母礼。よくぞ戻って来た。さあ、疾く結論を述べよ」
母礼は一瞬躊躇ったが、直ぐに背筋を伸ばし、声高らかに宣言した。
「イゾゥの村々と戦士とを統べる我、磐具公母礼。Pronno Kamuyの御名の下に、イゾゥ族長の就任を発表する!」
征夷将軍曰く、先の族長は位を退いて隠居し、部族としての掟に従って母礼が就任したのだと言う。母礼は続けて声を上げた。
「村長合議の結果、族長と別に為政者を設ける決断が為された!依ってSapanpeとEmusとを奉献し、以て為政の証とするものである!」
そう言って母礼が差し出した物は、先ずは蔓を主材料として木彫の……恐らく羆であろうか……頭を取り付けた冠。もう一つは繊細な彫刻の施された鞘を持つ小さい刀である。
「……うむ、受け取ろう。朕、近江と隼人を統べし天皇。冠と刀を受けるを以て蝦夷の為政者たらん」
この二つを聖武天皇が受け取り、蝦夷は事実上大和の勢力下となった。しかし、聖武天皇には気になる点があった。
「して、朕が卿の上に立つとは、如何なる訳か」
「それに関しては当人にとっても扱い難い問題の為に、私から御説明申し上げます、主上」
母礼に代わって声を発したのは征夷将軍である。
「先の族長が、自ら降ろした霊を扱えなかった件で村長らは皆族長への信頼を少なからず失いました。その為、その霊を調伏した陛下の方が──無論実働は陰陽頭でしたが──為政能力大と判断され、族長の上に置かれた次第に御座います」
征夷将軍のした話を噛み砕けば、つまり、今の母礼に実権はないのである。先代の影響で族長職に不信が表明されるも廃止は不可。なれば名誉職と為せば良いと考えたのだろう。
「では、卿は朕と蝦夷の連絡役と言う事で良いのだな」
「陛下の仰せの通り。事実、先代の扱えぬ術をどうして扱えようかと考えていた故、問題は無し」
「ならば、早速。ここに源闢律令と宣明暦が有る。爾の村邑に隈なく周知せよ」
聖武天皇が渡したその二つを受け取ると、母礼は再び背筋を伸ばした。
「承知仕った。これにて失礼仕る」
そう言い残して彼は去って行った。
…………
その後はてんやわんやであった。
先ずは多大なる功績を残した征夷将軍への褒美である。節刀を返還された後、彼は左右京職に任ぜられた。正式な除目は弥生十三日に行われる。
また、蝦夷統合による島の統一を待って本格的な街道整備、並びに宿駅伝馬制の整備に乗り出した。信楽宮を中心として、隼人国と蝦夷国を繋ぐ主要道を整備するのである。その幅は凡そ三丈(約九米)、直線を主体とし、情報伝達や租調庸他各種税の運搬に用いられる。
これと併せて国府などの国衙設備や、国分社──経文神道の施設は寺院に非ず──の設置も進められる。これらは纏めて「地方官衙整備勅」として発布された。
他にも、太政大臣の奏聞により、式部省管轄の大学寮に宣下して科挙が実施される事となった。大学寮の博士は太政大臣が暫く代行するが、近いうちに最適な人物を召喚術にて呼び出すつもりである。
更に、近江国司と隼人国司、蝦夷族長に命じて戸籍作成と国絵図の提出を勅にて命じた。戸籍は安定的な税の徴収を、国絵図は国土支配の確定を示すためのものである。
…………
その日の夜、朝堂院から東にある揚梅宮にて、蝦夷統合と全島統一を祝う宴が盛大に開かれた。
「陛下、これで律令が本格的に使われますね」
「うむ、陰陽頭や征夷将軍……ああ、今は京職か。彼等が実働する中でそれを支えた卿の賜物とも言えよう。太政大臣、今夜は心ゆくまで呑むとよかろう」
「では、御言葉に甘えて。……次は如何なさるおつもりですか」
「この大和が安定するまで、内政だろうな。今後も期待しておるぞ」
「無論ですとも。陛下が良いと仰せられるまで、粉骨砕身でお仕えしましょうぞ」
太政大臣はそう言い残して他の一団へ混ざって行った。
朝廷へ出仕する殆ど皆が此処にいる。居ないのは衛士くらいのものであるが、それさえも近衛大将が式で補っている。故に彼は今、此処に居ない。伊代は揚梅宮の家屋から御簾越しに眺めて居る。
「近衛大将には後で酒など持って行かせよう。……ところで此方に梅はあるのだろうか。あれば頃合いだろうから、花見でもしたいものだ……」
聖武天皇の居る高御座から離れた一団では歌が詠まれている。恐らくは太政大臣の辺りだろう。
天皇は 神にしませば 鴨雉の
すだく野原を 皇都となしつ
天皇は 神にしませば 民草の
住む神島を 王土となしつ
…………
その頃、聖武天皇の自室で新たな変化が起きて居た。異界建国記への追記である。
それには、次のように記された。
源闢二年……イゾゥの族長から為政を委任され、事実上の配下と為す。全島統一の達成。
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