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第廿五話〜心身分離〜

 陰陽頭の読み上げた内容を理解して放心状態の母礼。最初に反応したのは意外にも征夷将軍だった。


「ま、待ってくれ! では蝦夷の族長はどうなる! 阿弖流為ごと斬刑か!」

「まあ、落ち着きなさいな。勅裁はまだ続きますよ」

「まだ続くか。疾う読み上げろ」

「勿論。──対象は大墓公阿弖流為のみ也。故に依代たる族長は何らかの手段を以て切り離し、その安全を(まっと)うすべし──」


 これを聞いた母礼は、勢いよく顔を上げて陰陽頭へ迫った。


「我が族長は! 我が族長は助かるのだな!」

「ええ、ええ、勅裁である以上は助けますとも。暫しお待ちを……」


 そう言うと陰陽頭は阿弖流為の周囲に五つの玉を置いた。上から見れば丁度晴明九字の形をしている。

 その阿弖流為の正面に立つと、陰陽頭は懐から多数の人形と札を取り出し、その札を阿弖流為の額へ貼り付けた。


「さあ、阿弖流為よ、大人しくなさい。なに、痛い事はしませんよ」


 阿弖流為にそう言い聞かせると──本人が聞いているかはわからないが──人形の頭が中心を向くように、且つ五つの石を繋ぐように人形を円状に並べた。

 円があり、それに接する晴明九字があり、更に中心に阿弖流為が居る状況を確認すると、陰陽頭は呪文を唱え始めた。


「急急如律令、請願離彼。左青龍避万兵、右白虎避不祥、前朱雀避口舌、後玄武万鬼。東方青帝、南方赤帝、西方白帝、北方黒帝、中央黄帝、北斗三台、天文五星、妖魔封結……」


 すると、不思議な事が起こった。

 輪になっていた人型が光を持ちつつ宙に浮いたのである。高さは二尺(約六十糎)程であろうか、まるで人が手を繋いで丸くなるかの如く阿弖流為を囲んだ人型が、徐々に回り始めた。阿弖流為が苦悶の表情を浮かべた。まだ呪文は唱えられる。


「急急如律令、請願離彼。左青龍避万兵、右白虎避不祥、前朱雀避口舌、後玄武万鬼。東方青帝、南方赤帝、西方白帝、北方黒帝、中央黄帝、北斗三台、天文五星、妖魔封結……」


 徐々に人形の回る速度が上がっていく。阿弖流為が苦悶に耐え切れず罵声を浴びせる。五つの石が光りだす。呪文は繰り返される。


「急急如律令、請願離彼。左青龍避万兵、右白虎避不祥、前朱雀避口舌、後玄武万鬼。東方青帝、南方赤帝、西方白帝、北方黒帝、中央黄帝、北斗三台、天文五星、妖魔封結……」


 阿弖流為の頭頂部から何かが出てくる。木綿のような、雲のようなそれは頭上である程度固まると、段々人の形へ変化していった。恐らくこれが阿弖流為本体であろう。依代だった族長がその場に倒れ臥す。呪文に変化が生じた。


「急急如律令、請願形作汝体。左青龍避万兵、右白虎避不祥、前朱雀避口舌、後玄武万鬼。東方青帝、南方赤帝、西方白帝、北方黒帝、中央黄帝、北斗三台、天文五星、妖魔封結!」


 人の形をしていた何かは、遂に受肉した。それは空中に留まったままである。人形と石は、光を失ってそのまま地面へと落ちた。


「漸くお出ましですね、阿弖流為殿。捕縛式『術枷(じゅつか)』」


 阿弖流為が枷を嵌められ、族長の隣へと降ろされる。阿弖流為は抵抗の意思を持っていない様子である。


「抵抗しないようで大変よろしい。まあ特殊な枷なので抵抗は無意味なんですが。さて、獄令に従うならば規定時間まで五時間以上ありますね。取り敢えず阿弖流為を刑場へ連行なさい。警備は衛士二十人で行うこと」

「はっ」


 衛士が集まり、阿弖流為を連れて行く。大凡五時間後、未三刻(午後二時頃)の鐘が鳴った後に斬刑が執行される手筈である。


「これで勅裁の内容は執行出来るでしょう。其処に倒れて居る族長を誰か介抱してあげなさいな」

「……陰陽頭殿、これで我が族長は……」

「ああ、もう大丈夫ですよ。其処に倒れて居る男性は正真正銘、貴方がたの族長です。まあ、眼を覚ますかは別問題ですが……」

「ああお労しや族長様! よくぞ今まで耐えられました!」


 母礼は陰陽頭の話なぞ聞いてはいなかった。目の前の族長が疑いもなく族長であると分かった瞬間から離れようとしない。


「陰陽頭よ、少し良いか」

「はい陛下、直ぐ伺います」


 聖武天皇に呼ばれ、高御座の方へ行く陰陽頭。二言三言話を聞くと、また此方へ戻ってきた。


「母礼、良くお聞きなさい。陛下の慈悲により、族長殿が眼を覚ますまで大極殿の中に居る事を勅許あそばされました。勿論族長もご一緒に」

「……では、御言葉に甘えようぞ。誰か族長様をお運びする手伝いを」

「では私が手伝おう。何処を持てば良いかな」

「征夷将軍殿は足の方を。私は反対側を持つ」


 こうして彼等は大極殿内へ移動した。聖武天皇がこれを勅許したのは、日が暑かろうと言う気遣いからである。

 結局、涼しい日陰で介抱を受けていた族長が目覚めたのは大体一時間後の事であった。


 …………


「色々と助けて頂いたようで、何と御礼を述べれば良いのか……」


 族長が目覚めてから暫く。聖武天皇は倚子を用意して族長を座らせた。


「何、礼には及ばぬ。体の方は大丈夫か」

「ご心配には及びません。幼き頃より体は丈夫故に」


 世間話とも言えるような、和やかな会話。一応、天皇への拝謁ではあるのだが。


「そうか、なら良い。……して、阿弖流為はもう居ないかね」

「恐らくは。その件では多大なるご迷惑を……」

「族長様が謝罪する事では御座いませぬ。あれは全て阿弖流為なる輩の行いです」


 うっかり割り込んでしまい、しまったと言う顔をする母礼。族長は優しい微笑みでそれに対応した。


「母礼、確かに貴方の言う通りです。しかし、私が(しっか)りしていれば起こらなかった問題でもあります」

「しかし……」

「どうか聞き分けてください。本件に関して、私の責任は皆無ではありません。依代として彼奴に体を使わせてしまった以上、何らかの形で責任を取らねばならぬのです」

「でも……いえ、そこまで言われるならば、最早お止めしますまい。族長様のご意思のままに」

「ありがとう。……さて、陛下の御前で、私は一つ宣誓をします」

「ふむ、朕が保証人となろうか。述べよ」


「……私は、族長を母礼に譲ります」

本話もお読み頂き有難う御座います。

評価、御感想、ブックマーク、お気に入り、レビュー、「ここ誤字ですよ」、「こんな単語読めるわけないだろいい加減にしろ!」、「何だこの単語!?(驚愕)」、「これ色々と違くない?」等々、いつでもお待ちしています。


さて、本文中の「晴明九字」とは、則ち五芒星の事です。

従来の九字切に代わって安倍晴明が多用した事からこのように呼ばれます。晴明桔梗とも。

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